2010年06月27日

朝鮮陶磁‐柳宗悦没後50年記念展/日本民藝館

さて、1つ前のエントリーでは先週の土曜日に行った横浜・そごう美術館での「尾久彰三コレクション 観じる民藝」展について紹介しましたが、そこで古民藝の魅力−特に朝鮮陶磁器の魅力−にすっかりやられてしまった感があったので、今日(日付は変わりましたが)は日本民藝館で行われている「朝鮮陶磁‐柳宗悦没後50年記念展」に行ってきました。
会期が明日の日曜日まで、ということで急いで。



日本民藝館に行ったのは、もう何度目か忘れましたが、今回の展覧会もまた良かった。
こういう品々をみると、心が洗われた気がするのは、なぜなんだろう?

白磁の魅力

民藝の品というのは、実は僕にとっては小難しい話は抜きにして、単純に欲望の対象です。今日も、粉引の茶碗や白磁の水滴など、これ欲しいと思えるものがいくつもありました(もちろん、欲しいと思って手に入る品ではありません)。

そんな僕自身、実はつい最近まで白磁の魅力がいまひとつよくわかりませんでした。
家にも、白磁の器はいくつかありますが、どれも絵付けがされたもので、真っ白なものはありません。
ところが、最近は絵付けのない白磁が魅力的に見えはじめたのです。

その魅力に気づかせてくれたのが尾久彰三さんの本『観じる民藝』であり、先週の土曜日に見た同名の展覧会でした。

白磁が魅力的に感じられるようになったのは、まっさらで真っ白な新しい器ではなく、使い古されて汚れて傷がついた器に、温かい美しさを感じられたからです。
今日見た大小さまざまな白磁の品もどれも使い込まれて絶妙なクリーム色に変色していたり、角が削れて丸くなったりしていました。それが白のはねつけるような表情を和らげ、手に触れたくなるような温もりを感じさせてくれるのです。

それは貫入が入ったり、金継ぎで修繕された陶器にもいえることで、新品には決してない魅力が、今回の展覧会に出品された朝鮮の陶磁器の品々からは感じられました。

使われて美しくなる

さっきの「尾久彰三コレクション 観じる民藝」展を紹介したエントリーでも書きましたが、民藝の品の魅力というのは、単に作られた品そのものの良さというより、使われて美しくなった品の美なのでしょう。最近、そのことを感じていて、僕がもやい工藝などで買ってくる器などはその意味で買ってきただけでは民藝の品にはなりきっていないのかもしれないと思うようになりました。

民藝の品に関しては使い手も作者であって、作り手の制作という手仕事と使い手の使用という2つの手仕事が結実して民藝の美が生まれるのであろうと思います。柳宗悦が決して新しく作られた品ではなく、使い古された品を集めたのは、そうした意味なのでしょう。つい最近まで僕はその点を誤解していたような気がします。

ということがだんだんわかってくるにつれ、うちの器ももっと使い込みたくなりました。古いものでは買ってから3年以上経つものもあるので、思うような魅力のある品に育つまでは遠い道のりだと思いますが、日々の暮らしの中で大切に使い込んでいければとあらためて感じさせてくれる展覧会でした。

さて、本展は日付が変わった今日日曜日まで。
興味のある方は急げ!w

朝鮮陶磁‐柳宗悦没後50年記念展
日本民藝館
2010年4月1日(木)−6月27日(日)
http://www.mingeikan.or.jp/html/exhibitions-events-mingeikan.html



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ラベル:陶磁器 民藝
posted by HIROKI tanahashi at 02:14| Comment(1) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たまたま、本当にたまたま検索で打ち込んだ適当な文字がヒットしブログの千利休のコメントに行き着きました。
今、仕事で行き詰まっていたところにいいヒントをもらえました。
これも必然。と考えています。

今後も拝見させてヒントをいただきます。

31歳 男
秋田県
Posted by ホンマ at 2010年07月06日 22:26
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