2010年06月16日

お金がないと食べるものさえ手に入らないなんて

お金がないと食べるものさえ手に入らないなんて、実はとんでもなく異常なことではないかと最近思えるようになりました。
必要なものを手にいれるのにお金を払うのは当たり前だろ、と思われる方は多いでしょうが、本当にそうなのかが疑問に感じられるようになりました。

経済的な理由で楽しみを放棄しすぎ

実際問題としてお金を払って、生産者から食料をいただくことはいいんです。別に僕は必要以上に自給自足論者ではありませんし。
畑仕事は楽しいだろうからやりたいなと思うけど、それはまた別の話。
誤解する人はいないと思いますが、ここで言いたいのはベーシックインカムとか、そういう話でもありません。

それでも、これだけ自然環境に恵まれた日本の地でお金を払わないと、美味しいものが食べられないというのはあまりに能がない。
経済的な理由を優先して、田畑を耕し収穫を祝い、美味しいものを食べるという楽しみまで放棄してしまうのは阿呆らしく思えます。

日本の食糧自給率の低さは問題ではないとする主張の多くは経済的な面からみて、その選択が正しいというのでしょうけど、単純になんでそんな拝金主義やねんと思います。経済的な面を優先して、食の楽しみを有名店での外食やデパ地下でスイーツを買うことに限定してしまうのは、あまりに自国の文化をないがしろにしすぎではないですか。

食文化と技術の蓄積

最近、ライフスタイル研究会の活動をするにあたって、食文化について、いろいろ調べたりしているわけですが、人間の活動において、なんだかんだいっても根幹をなす食生活は、それ以外の人間の活動、文化と多くのつながりをもっていることをあらためて感じるようになってきています。

それこそ、食を得て、それを口にするまでに必要な技術は、ほかの多くの技術と関連が深い。まさに衣食住の技術はたがいに連関している。

その技術の多くが江戸時代に急速に発展を遂げ、その技術の蓄積があったからこそ、明治期や戦後の産業による経済成長もあったのでしょう。

ところが、その蓄積も残念ながら底を尽き掛けている。それは当然でしょう。楽しく学べる要素を捨てて、ただ、経済的合理性ばかりを物差しに、新たに技術のベースとなる智慧を蓄積することなく過ごしてきたのですから。

食文化からやり直してみる

あいもかわらず外国からは評価を得ることの多い日本の文化、技術ですが、自国の評価や関心はそれに比べてきわめて低いように感じます。自国での評価が低いばかりに国外でも十分に戦える日本の文化が衰退していく方向に進んでいます。

この状況はちょっと絶望的だなと感じていたわけですが、もしかすると、食文化に焦点をあて、そこに注力することで何か突破口が開けるのではないかと思うようにもなりました。そう思うのは、先にも書いた通りで食文化というのは、思った以上に様々な文化の基礎をなし、また様々な分野の技術とのつながりも非常に多いからです。

まずはそのあたりのつながりを再編成することを考えてみたい。
そこから何かおもしろいことが生まれるのを期待しながら。



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ラベル:食文化
posted by HIROKI tanahashi at 23:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
突然の書き込み失礼します。

あまりにも「経済的な理由にし」過ぎる現状のままでは、日本は衰退するのはないかと危惧しています。農業、モノづくりなどなど、長年、国の根幹をなしていたはずの産業が苦しんでいます。

食文化を突破口に、興味深いです。

私は大好きな革靴を通して、日本のモノづくりを応援していきたいと思い、昨年ネットショップを開きました。まだまだ微力ですが、日本の技術を残すことに貢献していきたいと思っています。



Posted by レザボア店長 at 2010年06月17日 01:46
タイトルに目が止まって読みました。上海でデザイナーをしてます。

難しいことはよく分かりませんが、僕は大学院に行っていた時は忙しくてろくにバイトもできず、牛丼やカップラーメンばかりで、随分ひもじい思いをしました。

上海での給料は日本円換算で10万円くらいなので日本ではとても食べていけませんが、こっちの食べ物はありえないくらい安いです。地元のレストランだと200円(15元)あればお腹いっぱい食べれるし、自炊すれば一食100円かかりません。中国人は食の時間をとても大切にするから、安くおいしく食べれると友人が言っていましたが、単純に農村と都会の格差が何百倍もあるのと農地面積が莫大だから実現してるんだろうなーと思います。食の安全とか考え出したらキリがないですが、周りの中国人はみんな元気なので、とりあえず気にしないことにしてます。

食文化についてはあんまり深く考えてませんが、iPhoneとCookpadのおかげで楽しく料理ができてます。食文化というとすごく高尚なものに見えますが、肉じゃがとかカレーとか野菜炒めとか誰でも作れる簡単な家庭料理を、友人や家族とかと一緒につくるだけでもすごい楽しいんじゃないかと思いました。誰もカレーとか肉じゃがを「日本が世界に誇る食文化」とは思ってないと思いますが、別に誇らなくてもいいんですけど、イタリアンとかフレンチとか日本の郷土料理と同様に「いいもんだなぁ」と思えればいいんじゃないでしょうか。

あと食は味とか栄養とか安全性とか雰囲気とかも大事かもしれませんが、一番は気の合う人や好きな人と楽しく食べることではないでしょうか。普段の食が単なる栄養補給になっていたり、食堂でいつも1人でご飯を食べたり、家族がバラバラに食事したりすることの方が、ずっと問題なような気がします。日本人の多くはそれをあんまり問題視していないような気がします。

長文失礼しました。
Posted by たか at 2010年06月18日 13:05
まったく同感です。食文化に限らず、衣食住すべてにおいて同様の現象がおきているのが、日本の状況ではないかと思います。このままでは、「気がつけば何も残っていなかった」ってな状態になるのでは?と不安になることも。新たな文化を吸収していく柔軟さは日本のいいところでもあるとは思いますが… 食に関しては、日本の農業の再生を期待しています。更には商店街の再生。おいしく安く食べられる秘訣はそのへんにあるのではないかと思います。
Posted by ゆみ at 2010年09月23日 12:28
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