2006年03月21日

動物的ヒト、計算機的ヒト

最近、進化論系の本をわりと読んでるせいもあって、
あっ、ヒトって動物なんだって思う。

普段、意識とか言葉とかに隠れてるけど、
思った以上に直感的(たとえば、ヒトの顔を忘れない)だったりする。
暗いとこわがるとかもそうだし、意外と背景の力をもろに受けるとこもそう。

でも、この場合の直感って、たぶん、普通の意味の直感とは違う。
だって、普通の意味で直感っていう場合、言語能力が足りてなくて、単に自分の感じたことの理由を説明できないだけの不勉強にすぎないから。

たぶん、ここで言いたい直感ってもっと動物的で無意識的なんだと思う。

こんな3階層になってるんじゃないか?

下から、

1.動物的直感の層
2.普段の意識の層(非言語的意識も含む)
3.計算機の層(数学、計算によってはじめて認識可能な層。例えば10の18乗とか40億年前とか)

で、多くの場合、2.ばっかりで思考してるわけだけど、そうすると、いろいろ間違っちゃうんだろうなって感じる。
自分が何で選択したかの真の理由もわからなければ、等身大を超えた生命の進化もわからないし、もしかしたら生命多様性が失われていることで自分たちがピンチなこともわからないかもしれない。

それって単純に不自由だよなって思ったりする。

たぶん、鍛えれば3層いずれもそれなりに使えるようになる。

そうやって自由度をあげてかないとなって最近思うのです。

posted by HIROKI tanahashi at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 進化論、生物学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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