人の身体が織り成す形

ランスロット・L・ホワイトは、『形の冒険―生命の形態と意識の進化を探る』という本のなかで、物質、生命、精神というものの謎を、科学的に解く際に必要な視点として、物理学や生物学、脳科学といった各専門分野に分かれたバラバラの見方ではなく、より統合的な視点による考察が必要であろうと1954年に書いています。

その統合的な見方において重要であろうと、ホワイトが考えているのが「形態形成プロセス」。

物質にせよ、生命にせよ、精神による思考や認知にせよ、結果として生まれる固定した形を中心に考えるのではなく、それが形成されてくるプロセスやその仕組みについて考察することで、カテゴリー間でバラバラに捉えられ、それゆえに解けなかった謎が、それまでとは異なる統合的なアプローチで解けるきっかけが得られるだろうとホワイトは考えます。

統合的な視点でみる形態形成プロセス

例えば、脳そのものや神経と、思考や認知の関係も、それぞれ「脳」や「思考」といった結果にフォーカスを当てる形では、なぜ脳が思考できるのかという謎を解くのはむずかしいだろうと、ホワイトはいいます。そうではなく脳のなかで生体のさまざまな要素が織り成す形を生む動きのオーケストレーションと、意識と無意識のあいだで生じる思考形成のこれまた統合されたプロセスの関係をみることがより重要であるはずだと1950年代に指摘しています。

当然、それ以降、こうした統合的視点で脳のはたらきをみる見方は、脳科学や神経科学の分野で進みました。例えば、脳神経科学者ジェラルド・M・エーデルマンが『脳は空より広いか―「私」という現象を考える』書評)で紹介している、神経細胞群選択説=TNGS(Theory of Neuronal Group Selection)ダイナミック・コア仮説なども、そうした成果の1つでしょう。

そうした統合的な視点が、デカルトの二元論以来問題とされてきた志向性の問題やクオリアの問題を解くきっかけになるのではないかと感じます。

ユーザー調査での身体とモノとのインタラクションの再現

さて、ここからはずいぶんと話が変わりますが、僕はこの固定した形ではなく、その形を生み出す形態形成プロセスに着目するというホワイトの姿勢に非常に親近感をおぼえます。
固定した形ではなく、形を生み出すプロセスや背景に着目するというのは、僕の普段の仕事の基本スタンスでもあるからです。

例えば、人の身体が憶えている動きというのがあります。
あるモノとの日々の相互作用を通じて身体に刻まれた動きは、その対象となるモノが不在の状態でも身体はしっかり憶えていたりします。

人間中心のデザインにおけるユーザー調査では調査会場にユーザーをお呼びして、特定の製品群(携帯電話とか、デジタルカメラとか)に関する使い方について教えてもらうことがあります。調査の対象となる方に、調査会場で普段の生活で実際にモノを使って行っている仕事を再現してくれるようお願いします。その際、普段、対象者が使っているモノはその場にないこともある。それでも対象者は、いつも使っているモノとの関係も含めて、自分のいつも仕事をする際の動きをしっかりと再現してくれたりする場合があるんです。

その再現された動きを見ていると、かえってそこにモノがない分だけ、動きとモノの関係がはっきり見えたりします。
例えば、いつもモノに対して右側に身体を置いているのか、左側に置くのかによって身体の動きは人によって反対になる。それが普段使っているモノが家のどの位置に置かれているのかと見事に対応していたりする。
あとはそのモノとともに使われる道具がだいたいどの位置に置かれているのかが仕事を再現する身体の動きから見えたりもします。それは「○○はどのくらいの距離に置かれているのですか?」と訊いて、答えてもらうよりはるかに正確だろうと感じます。

身体に残されたモノとのインタラクションの記憶

こうした再現が可能なのは、日常的に頻繁に繰り返して使用しているモノの利用について再現してもらう場合です。しかも、再現のしてもらい方としては「普段の動きを再現してください」とお願いするのではなく、「昨夜、○○をするときはどんな手順でやったか教えてください」などという形で、具体的なシーンの再現のなかでモノを使う動きを見せてもらうようお願いすると、再現性が高まります。

この動きの記憶に意識の関与する余地はありません。むしろ、頭で思い出そうとするとかえって、動きの再現がうまくいかなかったりします。
そうではなく、昨日はどんな風に部屋を掃除をしたか、洗濯したかなどという仕事を具体的に再現してもらうなかで、掃除機と身体、洗濯機と身体の関係や、はたまた掃除機や洗濯機と、人の身体、そして、そのモノと身体が動いた部屋の大きさやレイアウトなどが、空白の場所である調査会場の上になぞられたりします。

こういう再現をみているとおもしろいなと思うのです。身体というのはそこまで普段の動きや部屋やモノの形を記憶しているのか、と。
そして、そこに実際に使っているモノや使われている部屋の固有の形が存在しない分だけ、動きにおけるインタクティブな関係が見てきたりする。そこに新たなイノベーションのヒントも隠されていて、いかにそれを発見し、具体的なデザイン解を生み出すかというところに、人間中心のデザインの醍醐味やむずかしさやおもしろさがある。

この場合も、個々のすでにできあがったモノの形や動きの形に着目することではなくて、その形が生まれてくるプロセスや仕組みのほうに着目することで、固有の形にまどわされない新たなイノベーティブな思考ができます。

「形態形成プロセス」。とても有効な概念をヒントとして与えてもらえたなと感じています。



関連エントリー


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック