薔薇十字の覚醒―隠されたヨーロッパ精神史/フランセス・イエイツ

薔薇十字友愛団。
フリーメーソン同様、誰もが一度くらいは耳にしたことがあるであろう秘密結社。
17世紀初頭のヨーロッパに突然あらわれたこの秘密結社は、通称『薔薇十字宣言』と呼ばれる出版物―具体的には、1614年の『友愛団の名声 あるいは 薔薇十字のもっとも気高き結社の友愛団の発見』と、1615年の『友愛団の告白 あるいは ヨーロッパの全学者に宛てて書かれた、薔薇十字のもっとも立派な結社の称えられるべき友愛団の告白』という、ともに長いタイトルをもった、ドイツで出版された2つの小冊子―によって、「魔術(マギア)とカバラと錬金術(アルケミア)」を原動力とした独自のユートピア思想に基づく新時代の幕開けを高らかに告げた。

本書の著者フランセス・イエイツに関しては、昨年末に「記憶術/フランセス・A・イエイツ」と「世界劇場/フランセス・A・イエイツ」というエントリーで、2冊の著書を紹介しています。

1冊は、古代から中世を経てルネサンス期にいたる西洋の「記憶術」の変遷をおいながら西洋における思想と観念の流れに目を向けた『記憶術』
そしてもう1冊は、『記憶術』のなかでも触れられている、イギリス・ジェームズ朝期の思想家、ロバート・フラッドが記憶術を展開した『両宇宙誌』とシェークスピアの劇場「グローブ座」の関係をさらに詳細に論じ、エリザベス朝期の思想家、ジョン・ディーを貴店にロバート・フラッドや同じくジェームズ朝期の建築家・舞台美術家、イニゴー・ジョーンズへと展開される数学的技術―魔術、カバラ、錬金術を含む―を中心としたエリザベス朝からジェームズ朝にかけてのイギリス・ルネサンス思想に目を向けた『世界劇場』
ともにヘルメス主義、カバラ的な様相を色濃く示したルネサンス思想、文化の動向を浮かび上がらせた名著で、あの高山宏さんが「今、デザインを勉強しようとする人間でイエイツの『記憶術』(1966)とか『世界劇場』(1969)とか名さえ知らないなんてこと、ぼくが絶対に許しません」と断言していたのがまさにこの2冊です。

そして、その2冊に連なる1冊が本書『薔薇十字の覚醒―隠されたヨーロッパ精神史』

ルネサンスを知らずにデザインは語れない

僕は、高山さんが上記のことばを記した『表象の芸術工学』を呼んだ直後、このイエイツの著作3冊をまとめ買いしました。読むぞ!という気で買ったのはいいんですが、実はあまり流れを考えずに、一番最後に書かれた本書から読み始めてしまったばっかりに、内容がうまく飲み込めず途中で読むのをやめたりしたんです。

それから、しばらくは3冊とも放置。

それが昨年の末くらいにふと『記憶術』が気になって読み始めてみました。
あらためて著作が著された順(つまり、『記憶術』、『世界劇場』、そして、この『薔薇十字の覚醒』の順番)に読むと、よくわかるしおもしろいし、高山さんが「デザインを勉強しようとする人間」がこの本を知らないなんて許さないというのがもっともだと思いました。

それほど、この『薔薇十字の覚醒』を含めたイエイツの著作というのは、「デザインする」ということを深く見つめなおす上では非常に重要です。いや、イエイツの著作だけでなく、中世までのヨーロッパがこのルネサンス期を経て、いかにして啓蒙の時代、さらには近代へと移行したかが見えていないと、デザインだとかなんだとかいっても話にならないと思います。
それは昨年末から今年はじめにかけて僕が「ルネサンス様式の四段階―1400年~1700年における文学・美術の変貌/ワイリー・サイファー」や「円環の破壊―17世紀英詩と「新科学」/M.H. ニコルソン」といった、これまた重要この上ない本を立て続けに読んで紹介したことでも示せているかな?なんて思います。これ以外にマリオ・プラーツの『官能の庭』を読み始めていますし、これも高山さんが必読としながら絶版となっているグスタフ・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』も先日ようやく松丸本舗で古書をみつけて手に入れました。

ほかにもざっとこのくらい、ルネサンス関連(マニエリスムやバロック含む広義のルネサンス)の本が家にはあります。今年はこれらの本のうち未読のものをゆっくりひとつずつ読んでいこうか、と。



僕がこれほど重要と思って読んでいるルネサンスについて、すこしも興味がひかれず、これらの本(もしくは高山さんの本)を一冊も読まないつもりなら、それはどうなの?って思いますw

薔薇十字友愛団と30年戦争

と、前置きが長くなってしまいましたが、本書はいわゆる「薔薇十字団は実在したのか? 誰がそのメンバーだったのか?」といったテーマのアレな本ではありません。
あるいは、薔薇十字団が「魔術(マギア)とカバラと錬金術(アルケミア)」を原動力に独自のユートピア思想を展開したからといって、それは「記憶術/フランセス・A・イエイツ」や「世界劇場/フランセス・A・イエイツ」でも書いてきたとおり、ルネサンス期思想の全般的な特徴であって、僕ら現代人がそのことばに感じるいかがわしさなんて、まったくありません。

むしろ、そうしたことばにいかがわしさを感じさせるような変化が、この薔薇十字団の運動、そして、本書によってその運動との強い関連を明らかにされた17世紀ヨーロッパ最大の宗教戦争である30年戦争以降の動きによって起きたのだということを本書は明らかにします。

著者は、この本のテーマを次のように記しています。

フリードリヒとエリザベスの統治時代におけるファルツの思想運動を解明する―われわれが今まさに取り組もうとしている―試みは、思想史や文化史上のもっとも重要な問題のひとつ、すなわちルネサンスから啓蒙主義にいたる発展の諸段階を見きわめる問題に、手掛かりを与えうるものなのだ。

この引用に出てくる「フリードリヒとエリザベス」が本書の主役のうちの一組の夫婦です。「エリザベス」はエリザベス女王のことではなくて、エリザベス女王のあとのイギリス国王、ジェームズ1世の娘です。その「エリザベス」がドイツのファルツ選定候であった「フリードリヒ」と結婚する。さらにフリードリヒはその後ボヘミアの国王となる。
この「フリードリヒとエリザベス」のボヘミア国王・王妃への着任がその後の30年戦争へとつながり、プロテスタントにとってはある種のユートピア的存在であった国、ボヘミアがカトリック+ハプスブルク家の勢力であるスペイン軍に敗れると、プロテスタントの夢が費えると同時に、多くのボヘミアやその周辺に在住していた思想家、宗教家が祖国を捨て亡命せざるを得なくなります。

この「フリードリヒとエリザベス」夫婦のプロテスタントの夢の国であるボヘミア国王就任、そして、30年戦争の幕開けとボヘミアの敗戦、国王夫婦の国外退出という流れが、実は新しい世界の幕開けをその「宣言」において高らかに告げた薔薇十字団の運動と深く関わることを本書は明らかにしています。

世界はひとつの舞台

このあたりの詳しい流れが本書を読んでいただくとして、当然、この30年戦争の動きは、「ルネサンス様式の四段階―1400年~1700年における文学・美術の変貌/ワイリー・サイファー」ですこし記したトレント宗教会議の強引ともいえる(プロテスタントの偶像否定と反した)偶像崇拝の容認とそれと同時に起こったマニエリスムからバロックへの表現様式の移行、さらには「円環の破壊―17世紀英詩と「新科学」/M.H. ニコルソン」でこちらもすこし記した新しい科学思想(17世紀初頭を代表するマニエリスム詩人であるジョン・ダンが「新しい哲学はすべてを疑わせる」と歌ったあの思想)による「才人と学者の言語」から「機械工と職人の言語」への移行にもリンクしています。

薔薇十字運動はなかば茶番劇的に、世の中を騒がせるだけ騒がせ、その実態をついに現さなかった運動でしたが、その茶番劇はあらかじめ意図的に描かれ演じられた面もありました。
それはこの薔薇十字運動が、先の『世界劇場』で著されたジョン・ディーやロバート・フラッドのエリザベス朝~ジェームズ朝にかけてのイギリス・ルネサンス思想に負うところが大きいからでもあります。

当時の人々の心の中では、実際の舞台と実際の劇場は、夢想の中で次のような広く流布していた類比と結びついていた。それは、世界と劇場との類比であり、また世界と舞台の上で演じられる役としての人間生活との類比である。「全世界はひとつの舞台だ」という台詞も、別にシェークスピアの編み出した標語ではなく、一般の心の中にごくふつうに存在していた認識だった。

そう。茶番劇は実生活となんら変わりなかったわけです。むしろ、演劇的な装置や演出が、新しい世界の幕開けを準備する魔術、錬金術としてとらえられていたのがこの時代でした。

薔薇十字運動の舞台のあとに

それゆえ、薔薇十字団は2つの「宣言」を相次いで出したあとは、沈黙する。その沈黙が同時代の多くの思想家の興味をよりいっそう薔薇十字団に惹きつけます。
それに惹きつけられた思想化にはそうそうたる顔ぶれが並びます。表立って薔薇十字団の名を出した先のロバート・フラッドをはじめ、デカルトやライプニッツ、さらには薔薇十字団の名こそ出さないまでもその影響を受けたのは明らかなフランシス・ベーコン、ニュートン。

また、これらの人には著名度は低いものの、現在の日本の学校教育にみられる同一年齢、同時入学、同一学年、同一内容、同時卒業といった学校教育のしくみを最初に構想し、世界初の子供のための絵入り子供百科事典『世界図絵』を著したコメニウスも薔薇十字運動に大きく影響をうけたひとりです。
何より、このコメニウスは薔薇十字運動の中心部ともいえるボヘミアの人で、さらに30年戦争のきっかけともなったボヘミアの敗戦でイギリスに亡命した人です。コメニウスはある意味で薔薇十字運動のユートピアを引き継ぐ形で、亡命先のイギリスで新しい世界(「人びとがすべての知識を共有することにより、戦争が終わり、ヨーロッパが一つになる」)のためのしくみを構想しました。

さらに薔薇十字運動がけたたましい喇叭を鳴らすばかりで一向に姿をみせない「目に見えない学院」という形をとったのに対して、1660年にははっきりと目に見える形の英国王立協会(ロイヤルソサエティ)が誕生しています。この英国王立協会は「近代文化史入門 超英文学講義/高山宏」や「円環の破壊―17世紀英詩と「新科学」/M.H. ニコルソン」などで何度も紹介してきているように、イギリス・ルネサンスのひとつの特徴でもあったヘルメス主義―カバラ的な要素を色濃くもった科学も芸術も魔術も宗教もごちゃまぜな状態を否定し、「才人と学者の言語」と「機械工と職人の言語」をはっきりと分け、最終的には普遍言語としての0/1へと至ります。
ところが、この英国王立協会からして、初期のメンバーは薔薇十字運動に強く影響を受けている。先ほど、薔薇十字運動に影響をうけたひとりとしてニュートンの名前をあげましたが、ニュートンもまたこの英国王立協会の一員です。

しかし、そうはいっても、時代は30年戦争の空白の前後で、ヘルメス主義―カバラ的なルネサンスから、科学の言語を中心に蒙(くら)きを啓(ひら)く啓蒙の時代へと大きくシフトしました。
その大きな移行に、この薔薇十字運動の騒動がある。その時代の変わり目の運動が何だったかを知ろうともせず、どうしてほぼ同時代である1593年にはじめてOxford English Dictionaryに英語の単語として登場したdesignを考えることができ、フォークの歯がなぜ四本になったかに思いを馳せることができるのでしょう。はたまた、この17世紀のヨーロッパの動きを『未来のための江戸学』ほかの著作で田中優子さんがグローバルな視点でとらえた江戸のはじまりとつなげずに、なぜ江戸から明治への日本の転換を間違いだったなんて簡単に論じられるのか。
そんな風に思うのははたして僕だけでしょうか。



関連エントリー


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック