身体感覚で「論語」を読みなおす。/安田登

能楽師(下掛宝生流ワキ方)である安田登さんによる『身体感覚で「論語」を読みなおす。―古代中国の文字から』

これはおもしろかった。
白川静さんが好きな僕には納得感もあった。

有名な「四十にして惑わず」も、「惑」という文字自体が孔子の時代になかったのだから、「40才になったら迷わない」という意味ではないだろう、と著者は考えます。

白川静さんも『漢字―生い立ちとその背景』で「人が神とともにあり、神とともに生きていた時代には、心性の問題はまだ起こりえなかったのであった」と言っているように、「心」という漢字自体が孔子が活躍する、ほんの500年前にできたにすぎない。「心」がついた「惑」は孔子の時代のさらに500年以上あとにようやく登場する。
であれば、孔子が「四十にして惑わず」などといったわけではないだろう、と著者は考えます。

心という漢字がなかった時代

著者は、孔子が活躍する500年前の「心」という文字が生まれた時代と、ジュリアン・ジェインズが『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』で示した「3000年前まで人類は意識を持っていなかった」と主張との符合にも着目します。

漢字が登場したのは殷の武丁の時代で、紀元前1300年頃だといわれます。殷の時代ですでに漢字は4000種~5000種以上あったそうです。
でも、そのなかには「心」という文字はなかった。それに類する文字もなかった。「心」という文字が登場したのは、孔子が活躍する500年前の周の時代に入ってからだといいます。

「心」という文字がなければ、心も含む文字もなかった。先ほどの「惑」もそうですし、「愛」も「志」もなかった。
ただ、いま知られている『論語』にはそうした心グループに属する文字も含め、孔子の時代にはなかったはずの文字が使われている。著者はその孔子が使わなかった/使えなかった文字で本当は何を語ろうとしたのかを考えながら、『論語』の新しい読み方を提案しているのです。

命という神

それにしても、心=意識がない人間なんて現代の僕らには想像することも困難ですが、その時代の人はいったい意識に従わず何に従って生きていたのでしょう。

著者は当時の人は「命」に従っていきていたのだといいます。「命」という文字は甲骨文・金文では、いまの「令」に近い形象で、蓋をあらわす三角形の文字の下に、ひざまずく人形が描かれたものでした。大きなものの覆われて神の啓示を聞く人の姿です。つまり命令の「命」であり「令」です。また、神=帝=天の命令は絶対的なものでしたので、それは運命でもありました。

心をもたなかった時代の人間は天の声である命令に従い、運命のままに生きていたのです。運命にも天の命令にも逆らえない。自由がないといえばそうですが、自由を求める心がないのですから、運命=命令のまま生きていたのです。
これはやはり、すでに心をもった現代人である僕らには想像ができないことですね。

心のマニュアル

そんな人間に心が芽生える。運命に疑問を抱く主体的な意識です。その心が客観的に運命のままに生きる自分を見つめはじめる。

心が誕生して500年。孔子が活躍した時代は、まだ人びとは心をうまく使いこなせていなかっただろう、と著者はいいます。そんな時代に孔子が提示した論語(まだ書物になるまえですが)は、きっと最初の心の使い方のマニュアルだっただろうと著者は考えるのです。

心という新しいツールを、どう使いこなせば自らの運命を変えるものとして使うことができるか、また、心に翻弄されて心の病に冒されずに済むためにはどうすればよいのか。

そうした心の使い方をはじめて説いたのが『論語』であったと著者はみています。

プレ学び

僕がおもしろかったのは、『論語』では心の使い方を学ぶ前に、プレ学びの期間を設けているという点でした。

この学びというのが、いまでいう勉強とはまったく違う。机に座ってする勉強ではなく、身体を使った稽古です。
しかも、その身体を使った稽古というのもスポーツの練習とも違う。ある程度の期間、練習をすれば試合に出してもらえるという甘いものではない。

では、どういうものかというと、著者は自身の本職である能の稽古になぞらえます。
能の稽古も実際に稽古をさせてもらえるようになる前に、プレ稽古段階ともいえる期間があるそうです。そのプレ稽古の期間に何をするかというと、掃除や洗濯をするのだそうです。そんな期間が何年も続く。それを何年も続けてようやく入門となる。『論語』における学びもそのようなものだといいます。

40才までは学びの期間

そうしたプレ稽古を経て、はじめて心の使い方を知るための稽古をさせてもらえるようになる。その稽古がまた僕らのイメージするものとは違う。何をするかというと詩を学ぶんです。具体的には『詩経』を学ぶ。

詩経―中国の古代歌謡/白川静」で紹介したように、『詩経』は中国最初の詩の書です。ただ、そこに掲載されているのは僕らがイメージする詩ではなく、祭祀の際の謡い舞うための詩です。つまりは神とのコミュニケーションを行うための詩だといっていい。さらにその詩は謡われるだけでなく、同時に舞がついた。能における謡曲と舞の関係とおなじといっていい。だから、詩を学ぶといっても、これも単に机上での勉強ではなく、祭祀における身体表現を学ぶことだといっていい。神=命とのコミュニケーションの仕方を身体表現をともなう詩を学ぶことで学ぶんですね。

僕がおもしろかったのは、その学びの期間がそれこそ40才くらいまで続くということです。「四十にして惑わず」どころじゃない。40才までは学びの期間なのです。心を使えるようになるためには、そのくらい、長い期間の学びが必要だということです。さらにそれは机の上での勉強では習得できず、身体感覚をともなう学びによってはじめて身に付くものだという。

逆にいえば、現代人は、そうした身体を通じた学びを行わず、知識ばかりを頭につめこんでしまうからこそ、心に悩みや問題をもったりするのではないかと思いました。
ちょうど「説明」や「自分がない」などのエントリーを書いていた時期だったので、昨日の夕方買ってあっという間に読み終えてしまいました。

amazonで本を買ってしまうことが多いけど、本屋にいくとこういう予期せぬ出会いがあるからいいですね。



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