足し算と掛け算

ねずみ算とか、ねずみ講という言葉があるとおり、生物の増加はとかく幾何級数的な増加を示しやすいのかもしれない。
どうやら、それは人間でも同じだそうで、人口の増加がたびたび食糧危機を招いた歴史がある。

東アフリカに代表されるような人口問題は、よく"マルサス的"と呼ばれる。1798年、イギリスの経済学者兼人口統計学者であるトマス・マルサスが、人口の増加は食糧生産量の増加を上回る傾向にあると論じた有名な著書を出版したからだ。マルサスの推測によると、人口増加は幾何級数的に進むのに対し、食糧生産量は算術級数的にしか増えない。例えば、人口が2倍になるまでの時間を35年、2000年当時の人口を100人として、それが同じ倍増時間で伸び続けると、2035年には2倍の200人となり、2070年にはその2倍の400人になり、2105年にはそのまた2倍の800人・・・・・と増えていく。しかし、食糧生産量の向上は、掛け算ではなく足し算で表される。
ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊(下)』


倍々ゲームで伸びる人口に対して、足し算でしか伸びない食糧生産量。とうぜん、いつしか危機的状況が訪れるのは目に見えている。しかし、実際には上の例のような100、200、400、800人といったレベルの人口ならその増加を個々の人間の目にとらえることができたとしても、スタートが10,000人とか、100万人とかなら、もう個人の視界にはいる範囲ではない。数量的にもそうだろうし、おそらく、空間的にもそうであるはずだ。そうなると、掛け算と足し算の違いが危機的状況を招くことを頭で理解できたとしても、それが実際に起きていることかどうかは、もはや個人レベルで判別できるものではない。

さて、この話は何も人口と食糧生産量の関係に限った話ではない。
おそらく、事業を行う企業内でも十分起こりうる話だ。

例えば、社員数と売上数との関係において、はじめのうちは売上も順調に伸びて、それにともない、人員を増加させても問題ないだろう。人口増加と異なり、社員数の増加は幾何級数的というほどには伸びないかもしれないが、それでも人員が増えれば間接コストが増える可能性はあり、いつしか売上を超えることもないとは言えない。規模の経済が働きにくい、サービス業(つまり、サービスの提供量に応じて人員が必要となる事業モデル)であれば、十分ありえることだ。しかし、市場の規模は必ずしもそれに応じて増え続けることはない。つまり、どこかで破綻をきたす。

人口と食糧生産量の関係がただ、この2つの変数のみによって危機をもたらすのではなく、さまざまな環境要因、他国との敵対関係や友好関係などの複数の変数によって左右されるように、従業員数と売上の関係もそれ以外の複数の変数をもつだろう。

幾何級数的に増え続けるWebページに対して、算術級数的にさえ増やすのがむずかしい情報需要者の数が、アテンションに対する掛け金を大幅にアップするとともに、悲劇的とも思える巨大なロングテールを生み出すことも目に見えている。

果たして、この掛け算と足し算の2つのグラフがたどり着く先には何があるのか?
そんな恐ろしいことを考えながら、ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』を読み進めている。



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