『盲目の時計職人』リチャード・ドーキンス

『盲目の時計職人』は、はじめて「ミーム」という言葉を提案した『利己的な遺伝子』でも有名な生物学者リチャード・ドーキンスが、ダーウィン進化論についてわかりやすく解説した書。
素人にもわかりやすい形で、サブタイトルにもある「自然淘汰は偶然か?」というダーウィン進化論に対する誤解を解くことをテーマに、

1章 とても起こりそうもないことを説明する
2章 すばらしいデザイン
3章 小さな変化を累積する
4章 動物空間を駆け抜ける
5章 力と公文書
6章 起源と奇跡
7章 建設的な進化
8章 爆発と螺旋
9章 区切り説に見切りをつける
10章 真実の生命の樹はひとつ
11章 ライバルたちの末路

からなる11の章で、生物の複雑かつ素晴らしいデザインが、目指すを方向を明確にもたない(盲目の時計職人)遺伝子と自然淘汰によって成し遂げられるのかを、さまざまな生物の例をあげながら非常にわかりやすく解説してくれる。

特に僕にとって興味深かったのは「3章 小さな変化を累積する」で紹介される「累積淘汰」という概念だ。
すでに「ビジネスの場における一段階淘汰と累積淘汰」というエントリーでそれとなく紹介しているこの概念は、遺伝子の自己複製(DNA-RNA-たんぱく質システム)を基盤として達成される「前の世代の最終産物が次世代の出発点」となり、進化が可能になるということを非常に論理的にわかりやすい形で表している。
今の眼の状態を100%とすれば、たとえ進化の途中のほんの5%しか役に立たない眼であっても、まったく見えない状態よりも生物の生存にとっては十分機能するものだという示唆は、生物の進化を理解するうえではもちろん、普段の僕たちの仕事を考える上でもとても役立つ。

ほかにも「8章 爆発と螺旋」で扱われる性淘汰に関連して紹介される「正のフィードバック」という概念も非常に興味深い。
暖房器具が室内の温度を調整するために、部屋の温度が設定温度より高ければ暖房する機能を停止(あるいは抑制)し、逆に設定温度より低くなればその機能をより発揮するようなことを負のフィードバックと呼ぶのに対して、正のフィードバックとはまさにその反対に、多いものはより多く、少ないものはより少なくなるような方向で働く機能だ。
例えば、そういう正のフィードバックは、検索エンジンで上位表示されたものがクリックが多くなるというSEOのロジックを支えるものであるし、CDなどの売り上げも「よく売れている」ランキングなどで紹介されると、さらに売れるようになるといった現象にも見ることができる。
ブロガーなら、はてなブックマーク人気エントリー注目エントリーに掲載されると、そのエントリーに対するアクセスが普段に比べて急激に伸び、さらにはブックマークユーザーの数もある閾値を超えると一気に伸びるという体験をしたことがある人もいるのではないだろうか?

そうした正のフィードバックがクジャクを例にした性淘汰の説明として用いられることはとても興味深かった。つまり、クジャクの羽根があんなに美しいのは、正のフィードバックが働いたことによるというものだ。美しいもの(雄)の遺伝子と、美しいものを好むもの(雌)の遺伝子が正のフィードバックを生み、美しいものはどんどん美しくなる。そして、美しくないものは種を残せずに自然淘汰される。
SEOやはてなブックマークにみる情報の淘汰も、異なる2つのアルゴリズム(後者はアルゴリムとはいえないか?)の違いはあるにせよ、同じように正のフィードバックを起動させ、ともに価値が高い(とアルゴリズムによって判断された)情報が自然淘汰をくぐり抜け、種を繁栄させる。
つまりは環境適応した形で、その情報は広く伝播し、時には複製/転写される。ようはここに「ミーム」という概念が生まれる。

といった形で、進化論について学ぶことは、普段の僕たちの生活やビジネスを考える上でも非常に示唆的なことを多く含んでいる。
以前にこのブログで紹介したダニエル・C・デネットの『自由は進化する』などもそのタイトルどおり、ダーウィン進化論から多くを得て、人間の自由について考察している。
僕も先にこの『盲目の時計職人』を読んでいたおかげで『ウェブ進化論』を読む際にもそこに書かれている内容以上のことを自分で考えながら読むことができ、あの本が書いていないGoogleやWeb2.0について考えることができたと思っている。

そういう意味でぜひおすすめしたい本だ。



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