合意よりも強引さ

(パソコン直りました!)

ひとつ前のエントリー「インフォグラフィックス ワークショップ 2」で、土曜日の木村さんのワークショップで僕がどんなことを思いながら作業を進めたかを書きました。
そのなかで僕が遠慮しつつも強引にほかのメンバーとの合意形成のないまま、それでもなんとなく合意できてるかのように作業ができてしまう状況をどうやって作ったかを紹介しました(完全にその戦略が成功していたわけではありませんが)。

そんな貴重な体験をさせてもらった上で、今日職場で今週水曜日のセミナーのための講義資料の作成に苦闘していたところ(そう。悲しいことにまだ今週もセミナーが続くわけです)、ちょっと冷静になって考えてみると、いまの大規模で内外が複雑に絡み合ったネットワーク型の生態系に自らを位置づけないと、利用価値もブランド価値も産み出せないようなビジネス環境におけるデザインは、実は合意形成なんかより正しい道を突き進む合意さこそが必要なんじゃないかという考えが頭に浮かびました。

そして、あっ、そうか、だからスティーブ・ジョブスの一人勝ちみたいな状況が生まれるだな、と妙に納得してみたり。

ネットワークの一部としての商品

これ自体、水曜日のセミナーで話そうと思っていることなので、ここでは軽く触れておくだけにしますが、いまのこの時代、自社でなんでもかんでも製品ラインナップを揃えて、かつ、それぞれの商品が独立して機能することを目指すデザイン思想って、ちょっとイケてない気がします。

例えば、iPhone。あれなんて、典型的で実はiPhone本体だけじゃ、ほとんど何の価値もありません。インターネットにつながって、そちら側に価値あるサービスがあったり、App Storeに水知らずの方々がせっせとアプリをこしらえてアップしといてくれるからiPhoneというただの箱に価値が生まれます。音楽コンテンツなどはいうまでもない。
じゃあ、iPhoneが本当にただの箱かというと当然そんなことはなく、自分自身ではやらない領域をちゃんと他人がやってくれるような状況を生み出す箱である意味において、生半可なただの箱ではありません。

もちろん、それはGoogleにも言えることでなんでもかんでも自分たちでは用意しないし、その自分たちがやらない領域を他人が喜んでやってくれる空箱をデザインする意味ではまさにiPhoneとおなじです。

オープン系とクローズ系

ひと言でいえばオープン系のデザインということでしょうか。

それに対して1つの商品単独で使えるようになっている(といえば、聞こえはいいが、単独でしか使えない)のはクローズ系のデザインとでも仮にしておきましょうか。1つの商品単体ではなくても、日本のケータイのようにメーカーとキャリア、そして、コンテンツベンダーがクローズな関係でネットワークを構築しているのも、単体で動くものよりはちょっと複雑ですが、やっぱりプレイヤーが最初からあらかた見えている点ではクローズ系。

このオープン系とクローズ系ではデザイン思想はまったく異なっている必要があります。後者は参加するプレイヤーの顔が見えてるわけだから合意形成型の思想でいけます。でも、後者の場合、誰が参加してくるのかわからないから合意形成ではなく必要な標準仕様を誰かが強引に決めておく必要があります。
これ、標準規格を決めるというのとは訳が違って、標準規格は一部が強引に決めるにしても、その一部のなかでは合意形成をしているはずですが、オープン系の標準仕様を決めるのには合意形成は基本的にないといっていいでしょう。話し合いではなく、誰かがこれがいいはずだということを強引に決める必要がある。それをまわりが見てよくないと思えば乗らないし、よいと思えば乗る。

オープンなネットワークでの友達づくり

これってある意味、友達をつくるのに似ているんじゃないでしょうか。誰かと友達になるのに、その相手と合意形成をしたりはしませんよね。そうではなく自分と気が合うなとか、趣味や好みが似てるなとか思う人と友達になったりするんじゃないでしょうか。
その際、誰かと友達になるためだけに、自分の趣味や好みを決めたり、自分の性格を修正したりなんてことはあまりしないはずです。もっと自然に自分自身のまま、友達になって付き合える人を友達にするんじゃないでしょうか。

オープン系の強引さって、それに似てるんじゃないでしょうか。はじめから友達を作ることを想定してる。しかも、それは友達でもとても弱いつながりの関係。でも、友達は友達で、なにか合意形成をしたうえでつながったりするわけじゃない。あくまで自分自身を自然に出したうえで自然と誰かと友達ができる関係をつくる。

ヴィジョン

そういう自分自身をつくるとデザインというのは、最初から自分だけのことを考えたり、自分がいま付き合っている相手のことしか考えられないようじゃ、とてもじゃないけどできないと思うんですよね。自分が正しいと思うヴィジョンがはっきりと見えていないとだめだし、個々の機能にこだわって、全体(それはいまだ実現していないところも含んだ全体)が見えていないとお話になりません。

結果、100%自分が思い描いたとおりにネットワークが成長しなくても、おおよそのところは想定の範囲だったり、想定と違うところがでてきても即座に対応できる機敏さをもっていたり、そういうのは自分のはっきりしたヴィジョンがないとままなりませんよね。

ビジネス環境の変化

こういう点はクローズ系のデザインの発想とはほとんど180度違うといっていいところじゃないかと思います。自分が目の前にしているものしか相手にしないクローズ系の発想と、オープン系の自分の目の前にはまだないものを想像力で発想して、思い浮かんだイメージを実現するために必要な要素を整理し、そのうち、どこを自分自身で受け持ち、どこを他人の支援や自主的な参加を仰ぐかを明確にするという組み立てとはまるで違うのかなと思いました。

どう考えても今後のビジネスは、インターネットに関わる分野以外でも、こうしたオープン系の発想で自分たちの商品やサービス、あるいは、事業そのものを組み立てる力がないと、大規模な成功って望めないんだろうなと思います。
まぁ、ちっちゃな会社や個人が大きなネットワークのなかでうまく立ち回ってチャンスをつかむことはいくらでもできるでしょうけど、ずんぐりむっくりの身体をした大企業が生き残っていくには結構厳しいビジネス環境になったなと思いますね。特にメーカー系には厳しいでしょうね。

それにしても苦労して何かをやってみると、こんな風にまったく違うところで視界が開けちゃうから、集中して苦労してみるってのは素敵だなと感じます。
あらためて、そういう場を与えてくれた木村さんに感謝。

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