梅田望夫さんの『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』

梅田望夫さんの『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』を読んだ。

読む前にいくつかのブログの感想や評価を目にしていたので、どんな本だろうと期待していたのだが、実際に読んでみると、残念ながら目新しさを感じられなかった。
内容的にはおもしろいはずなのに、なんでだろうと考えてみると、その理由がまさにこの本で書かれていることが原因であることに気づいた。

というのも、この本で書かれていることが、実はそれ以上にはやくいろんな人のブログ(梅田さん自身のも含めて)にすでに書かれていることだともいえるものだからだ。
しかも、そういった情報がそんなに苦労もなく、僕のところまで伝わってくるっていうのが、梅田さんが書いているオープンに情報が共有され、かつ優れた検索性をもったネットワーク下での「情報自身の淘汰」の力をあらためて感じさせてくれるものだと思う。

その意味では、この本に書かれた「チープ革命」「総表現時代」「オープンソース現象」がどういう影響を持つのかが、ネットの世界に住まない人にはどうにもわかりにくいということは、ネットの世界に住む人にはほとんど当たり前だということを示しているのだろう。

でも、僕はこの本に1つだけ異論がある。
梅田さんが「量子力学」を学生に説明するファインマンの例をあげて、

ファインマンは、これまでニュートン力学を学んできた学生に、量子力学で取り扱う対象(原子的なスケールにおける現象)を「これまで見たことのある何ものにも似ていない」と肝に銘じて丸ごと理解しなければいけない、ニュートン力学からのアナロジーで理解しようとしてはいけない、と強く釘を刺しているのである。(中略)「これまで見たことのある何ものにも似ていない」ネット世界の性質のエッセンスが、ここで述べた三大法則に集約されているのである。
梅田望夫『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』より引用


と書く時、かえって理解を促す方法論を狭めてしまっていると感じるのだ。
そもそもアナロジー(推論)とは、リチャード・ドーキンスが言うように、

科学におけるもっとも偉大な進歩のいくつかがもたらされたのは、頭のいい誰かが、すでに理解されている問題となぞの解かれていない別の問題とのあいだにアナロジーが成立することを見抜いたおかげでもある。
リチャード・ドーキンス、『盲目の時計職人』より


解かれていない問題を理解するのに有用であるというのが効果的な使い方で、すでに理解されている問題でわかりにくい問題を否定するためのものではない。
それはアナロジーが悪いのではなく、アナロジーの使い方が悪いのだ。
これまで知っているアナロジーで理解してはダメだと書くだけでなく、それこそGoogleが実際にそうしているであろう数学や論理学などとのアナロジーで見るようにすすめるべきではないだろうか?

なぜ、Googleのチーフ・オペレーションズ・エンジニアのジム・リースという人が「ハーバード大学の生物学科を卒業し、エール大学の医学部を出」て、「CDを出すほどの歌手でギタリストでもあり、本職は神経外科医」で、「実際にスタンフォード大学で脳の手術もしたこともある」「グーグルに18人目の社員として入」って「システム構築の仕事を任され」ているのかを、もう少し真剣にとらえてみる必要があるし、

ハトを淘汰しながら育種することによってドードーをそっくりそのまま進化させることさえできるかもしれないが、その実験を完遂させるためには100万年生きなくてはならないだろう。しかし、現実にはこんなたびはさせてもらえないとなると、想像力はそんなに悪い代用品ではあるまし。私のように数学者でない人間にとって、コンピュータは想像力の心強い友達である。数学のように想像力を拡げてくれるだけではない。それは想像力を鍛え、かつ制御をしてくれるのである。
リチャード・ドーキンス、同掲書


ということに示されるような直感的な想像力と、計算可能性とかつ先人の累積した知識によって拡張される想像力との差を把握しなくてはいけない。
でなければ、それこそ、Googleだとか、オープンソース現象などに関する理解を見誤ってしまうのではないだろうか。

実際にインターネット上にオープンになっているGoogleやWeb2.0の理解にはそうした優れたアナロジーの提示がなされている。
その点もこの本に物足りなさを感じた原因なのかもしれない。

とはいえ、Googleを中心としたシリコンバレーの雰囲気やはてなの雰囲気が活き活きとした感じで伝わってくるのはこの本の魅力だ。
その意味では、多くの人にちゃんと読んでもらいたい本の1冊だ。



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この記事へのコメント

  • 谷村 正剛

    アナロジーの説明について、違う視点から異論。科学の世界においてアナロジーが最も重要な意味を持っているのは、「科学における問題は、それを数学的モデルによるアナロジーで置き換え、これを解くことにより解決できる」という命題でしょう。ガリレオ・ガリレイがこの手法を考案して以来、この命題は(検証を絶対善とするはずの)科学において唯一誰も信じて疑わない聖域として扱われてきました。また、それゆえに、主に哲学から長年強い批判に晒されてきました。

    しからば、リチャード・トーキンスの主張はあまりに科学を過信し過ぎているのではないでしょうか? 現状、「科学」がおいている仮定であるところのアナロジーについて、それが絶対の信頼をおいて頼れるものなのかどうかは分かりませんし、いつか答えが出るのかどうかも全く分かりません。それを踏まえて、

    Science has been developing upon an assumption: an analogy shall be found between a solved problem and an unsolved one. This assumption experimentally proves to stand in most cases. Therefore, it makes a sense to apply science techniques to a forthcoming problem as the first try.
    (科学は、既知の問題と未知の問題の間にアナロジーが成立することを仮定して発展している。この仮定は、経験により、多くの場合に正しいとされている。それゆえ、科学の手法を将来来る問題にひとまず適用してみることは意味がある。)

    とした方がよろしいのではないでしょうか? 英語で書いたのには意味があって、第一文に書いた仮定はshallを使わないと英語としてしっくり来ません。日本語の場合はこのshallを(逐語的ではなしに)うまく表現することができませんでした。
    2006年02月13日 19:04
  • chocolatier > 谷村さま

    谷村さま、丁寧なコメントありがとうございます。

    「リチャード・トーキンスの主張はあまりに科学を過信し過ぎているのではないでしょうか?」と思われたのは、私の引用が部分的であったせいではないかと思います。
    実際、ドーキンスは先に引用した語の前では、むしろ、「アナロジーは往々にして度を越してしまいがち」というようにアナロジーにいたずらに興奮することを戒めてもいますし、さらにこのようにも書いています。

    成功した科学者と支離滅裂の偏狭者との分かれ目は、そのインスピレーションの質にある。しかし、実は両者の差はアナロジーに気づく能力の差ではなくて、むしろおろかなアナロジーを棄却し役に立つものを追及する能力の差に等しいのではないか、と私は思っている。

    また、「科学における問題は、それを数学的モデルによるアナロジーで置き換え、これを解くことにより解決できる」という命題という点に関しても、ドーキンスは、一般向けの科学書である本の性質からあえて、先に引用した章を「フィッシャーが紙の上であれ頭のなかであれ、この問題を証明するのに使っていたに相違ないような数学的議論」を「純粋に非数学的な散文で説明しようと思う」という意図で書いたということもあると思います。
    おろかなものと役に立つものを区別する能力が数学的モデルによるものか、ドーキンスはここでは明確にしていませんが、科学の過信というのは、おそらく私の引用の仕方によって生じた誤解なのではないかと考えます。

    答えになっていますでしょうか?
    2006年02月13日 20:41

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