2009年10月16日

地域というインターフェイス

最近、地域ブランディングに興味があります。興味があるというか、その活動に仕事として関わっていくことはできないかを検討しているという状況でしょうか。

もともとブランディングは、得意分野の1つです。人間中心設計とかペルソナとか以前は、そちらのほうがメインだったわけです。
ただ、人間中心設計やデザイン思考という仕事の仕方の経験を経て、おなじブランディングでも人びとの生活スタイルやその基盤をつくるという意味では、企業におけるブランディングより、人びとが生きる環境としての地域のブランディングに目がいくようになりました。

マーケティングは売れる仕組みづくりというのに対して、ブランディングは売れ続ける仕組みづくりだといわれます。そのブランディングの対象を企業から地域に移すと、「売れ続ける」だけではなく、「何度も訪れたくなる」「住みたくなる」「働きたくなる」といったところに目的も移ります。つまり、単に経済的なことだけが目標ではなくなり、経済と文化をともに豊かにするためのブランディングという活動になるのだと思います。

経済的な豊かさだけでは満たされなくなってきているというのが、いまの社会的な価値観の変化傾向でしょう。その意味でも人が生きる場としての地域をいかにブランディングし、「何度も訪れたくなる」「住みたくなる」「働きたくなる」場にするための方法論の確立と実践は社会的にみても大きな課題ではないかと思うのです。

地域というインターフェイス

地域は、人がそれぞれの人生を生きるため、実世界に接する際のインターフェイスだと僕は考えます。インターフェイスがあることではじめて、人は世界と、他の人びととコミュニケーションができる。交流がはかれる。そういうコミュニケーション・交流がうまくまわり、豊かに生きるための経済が、文化が活性化する仕組みとしての地域ブランディングを、インターフェイスデザインを中心としたシステム設計としてやっていきたい。そう考えると、僕自身がこの数年やってきたことを活かせるだろうなと感じるのです。

地域というインターフェイスを介して機能する経済と文化のシステムをどう構築し運用するか。それはこの数年取り組んできた人間中心設計やデザイン思考の方法論を活かせるし、もちろん、それ以前から続けているブランディングやマーケティングのノウハウも活用できるだろうなと思います。
例えば、『地域ブランド・マネジメント』という本では、地域ブランドのキーとして、いかに体験価値をつくりだし、それをターゲットとなる人びとに対してコミュニケーションしていくかが大事だと書かれているが、それこそエクスペリエンスのデザイン、そして、Webを中心としたPR、コミュニケーションの世界で仕事をしてきた僕にとっては非常に馴染みの深いものだったりする。

東京など、ごく一部の地域を除けば、日本全国ほとんどの地域が流入より流出の数が上回っており、かつ高齢化によって、どんどん地域の生産力を落としているのが現状です。とうぜん、生産力がおちれば経済は立ち行かなくなるし、経済がまわらなければ生活にも支障をきたし文化も失われていきます。そういう地域が多くなればなるほど、日本の多様性は失われていく。それはちょっとまずいな、と。そう思うのが、地域のブランディングをやってみようという理由の1つです。

経済と文化の分離

また、地域のブランディングをやってみようと思う別の理由としては、やはり経済的な裕福さではだめだと気づいた社会的風潮の変化もあります。経済的な豊かさだけでなく、文化的生活、精神的な豊かさを求める傾向が強くなっている。消費も憧れから共感へとシフトし、仕事をするうえでもライフワークバランスというキーワードが生まれていたりもする。そうした傾向と、地域ブランディングが目指す仕事と生活の場として地域を活性化し、地域ごとの特色を取り戻していこうという方向性は非常に相性がいいとも思っています。大企業による画一的なマーケティングによって生み出される商品やサービスばかりの市場にも飽き飽きしている人が多い中、さまざまな地域がそれぞれ特性をもった商品を生み出す力を取り戻すことで市場も活性化し、日本全体でみても経済は上向くのではないかと思います。もちろん、そうして生み出した商品は何も日本という市場だけをターゲットとするだけでなく、世界に向けて発信していけばいいでしょう。

ただし、そうはいっても経済と文化が分離してしまっているのが現在の世の中です。象徴的なのは、家庭と職場が別の場所にあることが当たり前になっていることでしょう。経済の場としての職場と文化の場としての家庭といえば聞こえがいいのですが、本来一体となってはじめて正常に機能する経済と文化が場として切り離されてしまえば、双方ともに機能不全を来してしまっている。それが現状でしょう。

経済と文化の壁を打ち崩す

ただし、それは昔から当たり前のことでは決してなく、すくなくとも江戸時代までは職場と家庭はひとつ屋根の下にあるほうが普通だったことを思い起こす必要がある。それは日本に限らず、西洋においても家内制手工業が主流だったころ、職人などの工房があった頃にはそちらのほうが普通だったことを思い出さなくてはいけないでしょう。

経済と文化が場として切り離され、それぞれに支障を来している現状を打開するためにも、職場と家庭の壁をもう一度打ち崩していかなくてはいけないでしょう。ライフワークバランスではなく、むしろ、ライフとワークを完全に違うものとは捉えない思考こそが必要です。それは作り手と買い手がいっしょになって作るということでもあるでしょう。

それによって実はいまのようにうるさい個人情報保護や企業内情報のセキュリティなども、そもそも意味が薄れてくるはずだとも思う。実際、先の『地域ブランド・マネジメント』には、有名な小布施栗を名産とする長野県小布施町の小布施堂という栗菓子製造会社が、工場の増床が必要になったときに、あえて郊外に工場を移すことなく、街中にあった工場を増床し、その際、工場の塀を取り払い壁をガラス張りにしたことで、地域の住民や観光客が気軽に工場のなかで人びとが働く姿がみられるようにしたという事例が紹介されています。それによって住民は自分たちの生活を栗菓子製造工場が支えていることを実感し、観光客も作っている過程を見られることでお土産に買っていくようになったといいます。

家庭と職場をいっしょにするところまで一気にはいかなくても、すくなくとも住宅街とオフィス街のようなゾーニングはこうした事例も踏まえて見直していく必要があるのかもしれません。

人間自身の生活、生き方、そして、生命としてのあり方を提案する活動として

こうしたことを考えると、結局、地域ブランディングとは『ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』で書いた「デザインとは、人間自身の生活、生き方、そして、生命としてのあり方を提案する仕事」ということの実践にほかならないなと感じるわけです。
その意味でも、ぜひこれをやらなくてはと思うのです。
まぁ、もともとUIだとかWebだとかより、民藝などが民俗学などが好きなわけで、地域ブランディングみたいなもののほうが自分の好みや嗜好にもあっているかなとも思いますし。

今後はこのテーマでしばらく考えを進めていきたいと思っています。
ぜひ、このブログを通じても、いろんな方とこのテーマを深めるコミュニケーションができ、より具体的な活動へと結び付けていくことができればなと希望しています。
ですので、この件に関しては、どんどんコメントをいただけると嬉しいです。

 

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posted by HIROKI tanahashi at 21:57| Comment(1) | TrackBack(0) | ブランディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても共感します。
今、住まいを扱うサイトを運営していますが、
「住む」ということを、住まいだけでなく、その街の文化と、街から職場を取り囲むライフスタイルをユーザーに伝えていけないかと模索しています。

これからもこのテーマ楽しみにしています!
Posted by たた at 2009年10月19日 01:09
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