手入れ文化と日本/養老孟司

モノであれ、情報であれ、人がつくった人工物はつくった形のまま、変化しません。変化するとすれば、それは人間がつくりだした部分以外のところで、自然にしたがう形で劣化していくだけ。人工的な部分はつくった時点から変わらず、そのまま残ります。
一方で、人間自身を含めて自然にあるものは常に変化しており、むしろ、おなじ状態であることができません。人工物のうちの変化する部分もまさにこの自然に従っているだけです。

しかし、人間の歴史において、人間はつねにこの変化しない状態を望んできた面があります。エジプトのピラミッド、万里の長城、ミイラ、そして、現在のコンクリートやアスファルトでつくられた都市や情報化技術(IT)。
変化しない人工物で埋め尽くされた都会で暮らしながら、現代人は「私は変わらぬ私だ」と思いこんでいます。自分たちで管理・コントロールできない変化を嫌い、変化を象徴する自然をことごとく自分たちの暮らす都会から排除しようとします。自然である死を、誕生を隔離された病院のなかに押し込め、肌を衣服や化粧で覆います。

わからないものを自分のそばから遠ざけようとする態度もその延長線上にあるのだろうと感じます。

無常から浮世へ

ただ、そんな人類の歴史において、自然の変化を仕方がないものとして受け入れる文化がありました。
冒頭から「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と書き出された『方丈記』が生まれた日本の中世がそのひとつです。日本の中世における無常感は方丈記以外にも「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり」と書かれた『平家物語』や「ものゝあはれ」を描きあげた『源氏物語』にも、世阿弥の申楽にも共有される中世の人びとが共通に抱いていた捉え方であったはずです。

そうした世界の捉え方がすこしずつ変化をみせはじめたのが近世とよばれる江戸時代でした。

江戸時代の人は逆の意味で情報の重要性をよく知っていたのではないかと思います。江戸の制度を封建制度とよく言いますが、私にはそういう社会的な見方ができません。そもそも理科系ですから、どう見るかというと、江戸は情報統制社会であると見ます。鎖国政策はその典型で、なぜ人の出入りを止めたか。簡単です。人間というのは見ようによっては情報の塊だからです。情報の塊が自由に出たり入ったりすると何が起こるか。情報処理の問題です。
養老孟司「現代の学生を解剖する」『手入れ文化と日本』

江戸時代には大きな規模で都市化が起こっています。それと同時に都市や、そこに住む人びとを固定しようとする制度も定着しています。士農工商という形で身分を固定する試みもそうですし、それまで各地をさまよっていた職能民たちを固定し、遊女や歌舞伎の役者などを悪所と呼ばれた吉原や歌舞伎街に固定したりもしています。下克上の戦乱の世も終わり、武士階級のなかでの無常な変化のなかで生まれる勝者と敗者の関係もなくなったということもあります。

そのなかで中世の無常は、江戸において浮世へと変化します。
変わらない情報が都市や村にあふれはじめた時代において、まだ変化するものとして実感のあった自然としての自分自身の身体と情報のギャップを感じて、情報によって統制された世界を根なし草の浮世と感じとったのでしょう。

ことばと実体

「情報過多ということは、人が生きている実感がなくなって、データだけが増えてくるということです」と養老さんはいいます。まさに江戸時代の人が感じた浮世という感覚がこれでしょう。

しかし、まだ、生きている実感が薄らいだ浮世を全面的に意識できている分だけ、江戸期の人びとはまだ人工的な情報と非人工的な自分自身の身体や自然そのものとの違いをわかっていたのだろうと思います。
ところが、現代においてはもはや情報とその情報が本来対象にしているはずの実体とのギャップがわからなくなってしまっています。自分の頭が考えていることと自分の身体が感じていることのあいだにあるギャップにさえ気づかなくなってしまっています。

他人が話すことばに何かしらの実体を求めようとします。いや、実体うんぬんなどは忘れて言葉そのものの正しさを求めようとします。そこで自分が見ているものとのギャップを感じたりして、自分が正しいと思うと、相手の言葉を間違いだと断罪しようとしてしまうこともすくなくありません。人が解釈してつくりあげた人工物であることばの表現と実体のあいだの差異がわからなくなってしまっているから、ことばそのものを正しいとか正しくないとか議論しようとしてしまいます。実際の実体あるものを無常であり、変化するものだとしてもです。

仕方がない

そうした傾向はことばに対してだけではありません。他人が行う行動、他人がつくりだすモノに対してもおなじように何か固定された正しいものがあると信じて、もし他人が差し出すものがその正しさに妥当しないと感じられると、それを差し出した相手を非難しようとします。

自然の中に暮らしているときに不幸な出来事が起こりますと「それは仕方がない」となるということです。一方、都会の中で不幸な出来事が起こりますと「誰のせいだ」ということになります。
養老孟司「手入れ文化と日本」『手入れ文化と日本』

僕はいま世の中に足りないのは、何か間違いがあったときに「仕方がない」と感じて、相手を非難しないようにすることではないかと感じます。非難をするのではなく、相手といっしょになって間違いを是正するような方向にはたらきかけることのほうが大事だと思うのです。

だめなものをあるがままに受け入れる

たとえば、なにか問題がある商品・サービスに対して、消費者の側もただ文句をいうばかりではだめだと思うのです。むしろ、その商品・サービスのよいところに目をつけ、それを伸ばしていく方向ではたらきかけ、そのはたらきかけのなかで良くないところを改善する。商品やサービスというのは本来そうやって伸びていくものだと思います。良いところをみつける努力や見る目がないから、ただ文句だけをいうのでしょうけど、それでは文句をいわれる側は疲弊するばかりで、世の中の商品はどんどん悪くなるばかりだと思います。

おなじことは教育の場でも、企業の中の人間関係のなかでも起こっているはずです。教師が生徒のよい面をみない、また、生徒の親が教師のわるい面ばかりをみて文句をいう。会社では社員が経営の悪い面ばかりをみて文句をいい、経営の側も社員のだめなところを嘆く。

でも、だめなところはだめで仕方がないということをまず知る方が大切だと思うのです。だめなところを問題視するのではなく、だめなものを仕方がないと受け止められないことのほうがだめだと思うのです。すべてを自分の思いどおりに(だめでなく)しようとする発想自体に問題があるのではないでしょうか?

自然というのはみんなそうですが、「自然のまま」にしているわけです。それに対して人工そのものの意識というのは「思うようにする」ということです。自然は思いのままにならない典型です。自然は非常に強いものですから、これを思いのままにしようとしても無理だということはわかっています。そこでどうするかというと、これに手入れをして人工のほうに引っ張るわけです。これが本来の手入れです。
養老孟司「手入れ文化と日本」『手入れ文化と日本』

この「手入れ」という文化こそが大事なのではないでしょうか。他人のだめなところを非難したり排除しようとするのではなく、だめなことは自然で、あるがままの状態だと受け入れる力が必要なのではないかと思うのです。

行く川の流れに身をまかせ―

すべてを自分が理解できる状態にすることを望んだり、自分が管理・コントロールできる状態になることを望むのではなく、すこしだけ自分の思う方向に引っ張る手入れをする。それは当然、自然を手入れするのと同様に、自分本意ではなく、あくまで他人のあるがままの状態を認めたうえで、それをすこし自分の都合にあわせて変えてもらうという姿勢が必要になると思います。

このような対象のあるがままに変化する姿を受け入れて、その相手の側に自分をあわせて、ほんのすこし相手にも自分の側に近づいてもらう。世の無常、世界のわからなさを受け入れたうえで、自分自身の立ち振る舞いを決めていく。すべてを方法論や知識に委ねるのではなく、そうした行く川の流れに身をまかせながら、その時々の身の振り方を決めていく。そうした世界との接し方を考え直すことが必要なのではないでしょうか。

そんなことをこの『手入れ文化と日本』という本を読みなおしてみて感じました。



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