古代人にとっての装飾

「長い人類史のほとんどの時間の中で、デザインは豊饒の暗喩であり、人為の痕跡をうたいあげる装飾であった」とあったと述べる原研哉さんは、『デザインのデザイン』のなかで、かつての人類が装飾を必要とした理由を以下のように想像しています。

たとえば、中国の青銅器はその出現の当初より、渦巻き状の紋様によってびっしりと覆われている。この装飾はなんのためだったのだろうか。(中略)何も描かれていないプレーンな青銅器よりも、びっしりと渦巻きがほどこされたものの方が人々の注意を喚起する。なぜなら、高度な熟練による技巧と、膨大な時間に及ぶ人為の蓄積がそこに凝縮されているからである。それゆえに紋様の複雑さは独特のオーラを発しているように感じられる。青銅器は当時のハイ・テクノロジーであり、時の権威と密接な関係があった。つまり、国や部族のまとまりを維持する求心力を生み出していく力として、巨大さと象徴性とともに緻密な装飾は運用されている。それは言わば力の表象だった。

僕はこれを「違う」と考えます。

古代人が装飾に力の表象をみたというのは正しいと思います。ただ、古代人が装飾に力の表象をみたのは、それがハイ・テクノロジーだったからでも、高度な熟練の技巧によるものだからでも、人為の蓄積だからでもないはずです。

それは神を殺して自分たち自身が神を気取った現代人の驕った見方だと思います。

人の技術より神の力

古代人にとって、人間の技巧など、神の力に比べるべくもなかったはずです。雷の力、光と闇の力、あの世とこの世を隔てる力。そうした神の力に比べれば、青銅器に紋様をほどこす技術などは大したことではなかったはずです。

人間のもつ技術やテクノロジーの力をすごいなんて感じるのは、しょせん、雷の神、太陽の神、月の神、黄泉の国の神など、さまざまな神の力を頭から追いやって、いい気になっている浅はかさな現代人だからこそです。自分たちではコントロールできない力よりも、自分たち自身がコントロールできる力を崇拝する。そうした神の忘却があってはじめて、テクノロジーが権威と結び付くという近代的な見方が生じるのでしょう。

共感呪術の原理

だとしたら、古代人はなぜ装飾に力の象徴をみたのか?

それは装飾が神の力そのものだからにほかなりません。古代人にとって、雷の装飾はそのまま雷の力であり、太陽の装飾はそのまま太陽の力だったはずです。

フレイザーのいう共感呪術の原理がそこにははたらいています。

共感呪術の原理のひとつは、どのような効果もそれを真似ることで生み出される、というものである。2、3の例を挙げよう。ある者を殺したいと思えば、その者の像を作ってそれを破壊する。人とその像の間にある一種の物理的共感によって、その像に加えられた危害は、あたかもその者自身の身体に加えられたかのように感じられ、したがってその像が破壊されると同時に、その者は死ぬことになる、と信じたのである。
ジェイムズ・ジョージ・フレイザー『初版 金枝篇〈上〉』

上の引用でもわかるように、共感呪術の原理は藁人形が呪術になるのとおなじ原理です。

白川静さんはこの共感呪術の原理を『万葉集』の歌のなかにも見いだしています。

「見れど飽かぬ」、あるいはこれに近い表現の詞句は、『万葉』のうちに約50例近くを数える。(中略)「見れど飽かぬ」は、その状態が永遠に持続することをねがう呪語であり、その永遠性をたたえることによって、その歌は魂振り的に機能するのである。

花見、山見という儀礼において、花を見、山を見る。「見る」ことで花や山などの自然のもつ生命力を肉体に宿らせようとする儀礼的行為。
白川さんは”自然との交渉の最も直接的な方法は、それを対象として「見る」ことであった。前期万葉の歌に多くみられる「見る」は、まさにそのような意味をもつ行為である”としています。

呪詞の威力、文字の誕生

真似ること、見ることによって、その対象のもつ力を自身にも受け継げるという信念。これは単に対象と自身の関係において作用するものではなかったようです。

古代日本人の信仰生活には、時間空間を超越する原理が備わっていた。呪詞の、太初に還す威力の信念である。
折口信夫「水の女」『古代研究 1.祭りの発生』

太初のようすを歌った呪詞を口にすることで、時空間をも超えて太初に還ることができる。共感呪力、古代人の類化性能のもつ力はまったくはかりしれません。

ただし、ことばによる呪詞はあくまでそれを唱えたその場限りの威力しかもちません。それでは、「国や部族のまとまりを維持する求心力」が必要になると、すこし心もとない面がでてくる。そこに文字の発生をみるのが白川静さんです。

古代にあっては、ことばはことだまとして霊的な力をもつものであった。しかしことばは、そこにとどめることのできないものである。高められてきた王の神聖性を証示するためにも、ことだまの呪能をいっそう効果的なものとし、持続させるためにも、文字が必要であった。文字は、ことだまの呪能をそこに含め、持続させるものとして生まれた。

文字が呪詞などのことだまの呪力を持続可能にする。ただ、当然、文字の前にことばとは異なる形で呪力の定着を可能にしていたものがあったはずです。

古代人にとっての装飾

それが古代人にとっての紋様ではないかと思うのです。

花を見、山を見て、その力を自身にも宿らせられると信じた古代人が、青銅器や土器などに紋様を施すことで、雷のもつ力、太陽のもつ力、蛇や龍、虎などの聖獣のもつ力をその器に宿せると考えても不思議はないでしょう。そのとき、神の依り代であった器は神そのものになるのではないでしょうか。古代人が紋様に力の象徴をみたのは、まさにそれゆえだったと思うのです。

装飾は古代人にとっては神そのものであり、神の力そのものでした。
それはより一般的な解釈をすれば、装飾とは意味=価値そのものだということです。
そこにおいて装飾は、単なる付属品的な飾りではなく、そのものの意味そのものだったはずです。

装飾について考えるとき、僕はこの方面―古代人がもっていた共感呪術=アナロジー思考=類感性能=つなぐ力―から考えてみる必要があると考えています。つまり、それは人間がどう物事を感じることができ、思考することができるのかという観点での掘り下げです。それについて考えることで、いまの情報技術やコミュニケーション、思考法などを一歩先に進める可能性をもっているはずだと僕は考えています。



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