で、1ヶ月経って、僕自身が実感として感じていること。
あー、もう、デザイン思考とかについて語ることはないってこと。
それ以上に人間中心設計とかはもういいやって思ってます。内容はともかく、そのキーワードを使うのがもうヤだな、とw
仕事としては、もちろん今後も続けますけど、ブログに書いたり、本に書いたりはもういいかな、と。「使う側の立場にたって云々」という話は、そろそろ僕以外の誰かが語る番でしょって思ってます。
あとは僕よりも優秀な皆さんにおまかせしましたので、よろしく! 若い皆さんでがんばってくださいw
僕自身はいまはそれよりも、実際に使う人の視点にたってちゃんとものづくりをしている人たち自身の生活やそれを支える経済ということに関心が向いています。
現にちゃんとしたものづくりをしている人たちが今後もそうしたものづくりを続け、できれば、そうしたものづくりの輪が広がっていくためには何が必要か。
その人たち自身の生活をどうしていくのか、その人たちのまわりの経済をどうすれば、今後もちゃんとしたものづくりの火を消さないようにできるか。
さらに、それに関して、僕ができることは何か。そうしたものづくりを巡る経済活動をサポートするために何らかのプロジェクトをプロデュースしていくとしたら、僕は何を身につけていくべきか。
そんなことに関心が移っています。
という関心のベクトルの変化もあって、正直、もう現時点でちゃんとしたものづくりをできていない人たちのために何か情報発信するのは打ち止めかな、と。東京圏内で毎月それなりにきっちりやるべき仕事さえ行っていれば、食うのに困らないサラリーマン(あるいはその予備軍としての学生)のために、情報発信するエネルギーはこれまでよりかはセーブして少なめにしていこうか、と。ってか、本来、そういう人は頭使ってナンボという仕事をするのがミッションなわけなんだから、他人の知恵をあてにしてないで、自分で考えなさいって思うしね。
そっちの方面はリアルな場で、気の合う人たちと現実のビジネスのなかでおもしろと思えることになるべく集中して実践していけばよいかと思っています。
それよりもやっぱりこの『遠くの町と手としごと―工芸三都物語』
クラフトフェアまつもと
さて、この本の著者の三谷龍二さんは、松本で暮らし仕事をしている木工デザイナー。デザイナーといっても、僕がこの本を読んだ印象では職人に近い。本書はその三谷さんが、自身がこれまで住んだ福井、京都、松本の3つの町の、手しごとの現場を訪ねあるいて綴った一冊です。
三谷さんは現在、松本で木の食器などをつくりながら、1985年から毎年開かれている「クラフトフェアまつもと」とというイベントにも携わっていらっしゃるそうです。25年間つづいているこのイベントには、個人工房でものづくりをしている工芸作家を中心に、250名ほどが参加しているといいます。ただし、この250名というのも実は2009年度では1250人の応募があったうちの250人で、そのほかは会場の広さの問題から250名というリミットから泣く泣く漏れてしまった人たちです。
もちろん、この250人というのは出品者の人数であり、来場者はとうぜんそれ以上になる。個人工房でものづくりをしている人にとっては、こうした作り手と使う人を結び付ける場そのものに魅力を感じて、参加可能な人数の5倍にもあたる応募者が集まってくるのです。
松本はまた、工芸の伝統を持つ街でもあります。江戸時代より城下町として職人が多く居住し、戦前も木工の産地として栄えました。そして戦後は柳宗悦の民芸運動に共鳴した人々により、ホームスパンや紬織物、家具などの製作がさかんになりました。今も僕たちのまわりには、織や家具作りの勉強のため松本に来たという人が多くいます。クラフトフェアまつもともこうした流れのなかで始まり、さらに近年、もの作りの人が松本へ移り住もうという動きも増えているようです。
僕にとって松本といえば、最初に思い浮かぶのは、やっぱり日本民藝運動にも共鳴した松本民芸家具です。僕にとっても松本は工芸の町というブランドイメージがあるとおり、松本という街はものづくりで地域のブランディングが成功しているのではないかと思うのです。
そうした地域レベルでのブランディングが成功するなかで、その地域でものづくりをしている三谷さんのような方のブランドも高まっていくのではないでしょうか。そして、そうしたブランドの力がさらにクラフトフェアまつもとの応募者を増やしたり、松本に移り住もうとするものづくり関係者が増えるということにもつながっているのでしょう。
京都には後継者が生まれる環境がまだある
京都に関しては、別格といえるブランドをもっているので、今回はあんまり語らないことにします。でも、三谷さんも認める京都のブランドの厚みを表現した、こんな一文だけは紹介しておきたい。
ところでこの八木さんのところも、次に紹介する寺地さんのところも、後継ぎの息子さんが一緒に働いていました。手仕事の現状から見ると、それだけでも京都は違うな、と思いました。「親戚のおばちゃんとか、仲間の人たちが遊びにきて、大きゅうなったら後継ぐんやろな、と当たり前のように言うし、誰もがそう思っているから、自然に継ぐのが当たり前のようにすり込まれるんかな」
京都には後継者が生まれる環境がまだあるのです。
この八木さんというのは、130年続く茶筒で有名な開化堂の5代目である八木さんです。開化堂ほどのブランドがあれば、後を継ぐのをそれほど拒む必要はないのかもしれませんよね。他に見向きをするより、よほど夢があるわけですから。
そんな風に伝統を守る開化堂のような老舗もあれば、京都の手仕事を生かして、現代の生活にあった商品を開発し展開するスフェラショップのような店もある。スフェラショップの真城さんについて、三谷さんはこう書いています。
真城さんは小売りの場所から川の流れのことを考えているのです。その意味では今回尋ねた先でも、異色といえるかもしれません。「木工屋は貧乏と鉋屑がいつでもついて回る」と、黒田丈二さんが言っていましたが、作り手はとかくお金には縁遠い人が多いものです。でも、真城さんのような立場から新しい流れを志す人が出てくることを、だからこそ期待する人も多いのでしょう。寺地さんも「開化堂」の八木さんもそうです。地域(京都)のもの作りを、国内ばかりではなく、海外につないでいく、そんな新しい川の流れを作りたいという真城さんの努力を、彼らも期待して応援しています。
国内ばかりではなく、海外につないでいく。これですよね。
最後に福井についても紹介しようと思っていましたが、長くなるのでやめておきます。
この本を読んで一番おもしろかったのは、最初の福井のところでしたが、それはあえて紹介しないことにします。それぞれ自分で読んで確かめてください。
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