2006年01月28日

ブログの著作権について考える。

価値とは差異のことである。」のエントリーで、「こんな時にブログの著作権など主張するのはどうかしてる」なんて書いてみたが、実際、ブログの記述に著作権があり、かつ、その範囲はどれくらいなのかと思ったので、簡単に調べてみた。
法律は詳しくないので解釈が正しいのかは責任がもてない。
以下の「著作権法」の引用は、下記を参照している。
著作権法:http://www.cric.or.jp/db/fr/a1_index.html
社団法人 著作権情報センター

まず、ブログの記事は、著作物に相当するか?

第一節 著作物

(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
  一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
  二 音楽の著作物
  三 舞踊又は無言劇の著作物
  四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
  五 建築の著作物
  六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
  七 映画の著作物
  八 写真の著作物
  九 プログラムの著作物

を見ると、基本的には「一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」に該当するだろう。

ちなみに同第十条には「2 事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。」という記述もあるので、ニュースサイトの報道記事の複製は大丈夫そうだ(コラム的なものは除外対象には該当しないだろう)。

ちなみにこの記事は、「著作権法」のコピペだが、同第十条には、

(権利の目的とならない著作物)
第十三条 次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
  一 憲法その他の法令

という記述があるので、大丈夫だと思って、複製している。

さて、では、一般的に大丈夫だと思われているであろう「著作権対象物の私的使用」についてはどうか?
こんな風な記述となっている。

第五款 著作権の制限
(私的使用のための複製)
第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
  一 公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合
  二 技術的保護手段の回避(技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による除去又は改変を除く。)を行うことにより、当該技術的保護手段によつて防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によつて抑止される行為の結果に障害を生じないようにすることをいう。第百二十条の二第一号及び第二号において同じ。)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、その事実を知りながら行う場合

まず、これを読むと、ブログで単にほかの人のブログを引用するだけなら、ぎりぎりセーフなように思われる。
しかし、気になるのはこの記述。
一 公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合
これって、RSS/Atom Feedで自動複製するのってアウトなんじゃないの?って思う。RSS/Atom Feedでは、明らかに「公衆の使用に供することを目的」としているはずだから。
さらに言うと、実は他人の記述を引用するのもアウトくさい。
だって、基本的にインターネットでのページの閲覧ってブログに限らず、ブラウザなどが自動複製してるわけだから。
こうなると、もうブログの著作権っていう話じゃない。
インターネットそのものが著作権法的にアウトだ。それは私的使用でもアウトだってことだ。
これはローレンス・レッシグが『FREE CULTURE』で指摘していることは単にアメリカの話ってだけじゃないってことだ。

ちなみに、「二 技術的保護手段の回避〜」のほうは、コピー防止技術を自分で外しただけで違法だってことだ。

さて、最後に著作権の保護期間だが、基本はこうだ。

第四節 保護期間
(保護期間の原則)
第五十一条 著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まる。
2 著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)五十年を経過するまでの間、存続する。

で、多くのブログなどが該当すると思われる、無名又は変名の著作物では、

(無名又は変名の著作物の保護期間)
第五十二条 無名又は変名の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年を経過するまでの間、存続する。ただし、その存続期間の満了前にその著作者の死後五十年を経過していると認められる無名又は変名の著作物の著作権は、その著作者の死後五十年を経過したと認められる時において、消滅したものとする。

となっているし、企業が所有する著作権は、

(団体名義の著作物の保護期間)
第五十三条 法人その他の団体が著作の名義を有する著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年(その著作物がその創作後五十年以内に公表されなかつたときは、その創作後五十年)を経過するまでの間、存続する。

となっている。
つまり最低でも50年は保護期間があるってことだ。
こりゃ、個体である人間にとっては、ほとんど無限に長いな。

まとめると、ブログでの引用は厳密には違法だとされているということになる。
とはいえ、著作権保持者が何も問題視しなければ違法であっても、何かお咎めがあるわけではないのだろう。
だからこそ、すくなくとも個人のブロガーは著作権を濫用することを自ら律する必要があるだろう。
著作権のコンセプトはあくまで個人の創造性を保護するためのものだからだ。

われわれの父親は、自動車のエンジンをいじくる権利を確かに持っていたけれど、でも子供たちが身の回り至る所で見つかる画像をいじくる権利を持てるかどうかは疑わしい。法と、そしてますますテクノロジーが、テクノロジーや好奇心が確保したはずの自由を妨害するようになっている。
ローレンス・レッシグ『FREE CULTURE』より

ミラーニューロンという猿真似ニューロン、あるいは、創造の過程としての複製」のエントリーでも紹介したが、脳科学者の茂木健一郎氏は著書『脳と創造性』の中で<創造性の最高の形式の1つは、自分自身が変わることである。人間は自らの置かれた文脈にあわせた「ふり」をすることで、自らを変身させ、新しいものを創造するのである。>と指摘している。

脳のことまで考えなくても、僕らがリテラシー(=読み書きの能力)を身につける時のことを思い出してみればいい。そこには必ず複製という行為がからむ。
もちろん、それが単に「読み書き」だけの問題ではないことは、ちょっと想像すればわかることだ。
あらゆるクリエイティブな行為のはじめには必ず複製、海賊行為がある。
それは個人でも企業のビジネスでも同じはずだ。

それを一部の人に独占させることがどれだけ文化全体のレベルを損ねかねないか、そろそろ、ちゃんと考えるべきだとレッシグは警告している。
これは個人個人が考えなくてはならないことだ。
特に自身でブログによって何らかの創造物を公開している人は。



追記(2006/01/31):
関連情報として「経団連による著作権情報の登録、検索サイトの開設」を追加

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posted by HIROKI tanahashi at 19:23| Comment(0) | TrackBack(2) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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