価値とは差異のことである。

ローレンス・レッシグの『FREE CULTURE』を半分ほど読んだが、なんだか悲しくなる内容だ。
この内容がいま起こっていることだとしたら人間の文化は自滅するしかないのではないかとさえ感じられる。

価値とは差異である。そして差異は複製から生まれる。機械的な複製ではなく、人間的な複製によって。おそらく真似れば真似るほど、差異は目立つようになる。猿真似が稚拙に思えるのは肝心なところで複製性を欠いているからだろう。

話せば話すほど言い尽せないことがある。何かを正しく表象しようとするほど、言葉は対象から離れていく。

語りは常に複製的である。それは一種の海賊行為だ。だが、海賊だって悪いやつばかりではない。モンキー・D・ルフィーみたいな海賊もいる。むしろ、正義と思われる側に既得権益を濫用する悪が潜んでいるのはワンピースを読めばわかる。

悪いのは法ではなく失われたバランスであることを考える時、我々はほんの少しずつでも自分の権利を放棄しないといけないのではと思う。
こんな時にブログの著作権など主張するのはどうかしてる。


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