2009年06月13日

民俗学の旅/宮本常一

おもしろかった。すごく。

これは必読でしょう。
特に、いままで会社を一度も辞めたことがない人、生きていくためにはビジネスの場に身を投じるしかないと信じて疑わない人、あるいは、将来の職をどうしようかと頭の片隅でぼんやり思いつつ学校に通う学生などには。

この『民俗学の旅』を読んではじめて知ったんですが、宮本常一さんという人はずっと定職につかなかった人であったらしい。師である渋沢敬三さんの家で54歳になるまで23年も食客生活をしていたという。武蔵野美術大学で講義をするようになってはじめて定職についたのは、その食客生活を終えたあとです。つまり60近くになるまで定職をもたなかった。

定職をもたずに何をしていたかというと、とにかく日本中を歩いてまわった。そして、さまざまな土地で生きる人びとの話を聞いた。それを『忘れられた日本人』などの名著として残している。歩いた量、話を聞いた量もとてつもないが、それを元に残した著作の数も膨大です。

「自分がどんな道を歩いて今日にいたったか。ふりかえってみると、長くたどたどしく、平凡な道であったと思う」と冒頭に書かれていますが、平凡なんてとんでもない、きわめて非凡な旅であったことが、この宮本さん自身の伝記的な一冊を読むとわかります。
伝記的、いや、旅行記的であるといったほうがいいかもしれません。
これは宮本常一さんの人生という旅の記録なのだから。

民衆の生活自体を知ることの方がもっと大切

宮本さんは、民俗学の調査のためばかりではなく、戦中、戦後は大阪府の依頼で食糧対策のために動いてもいます。また、各地のもつ農業技術を相互に伝えあうための媒介(本人は「伝書鳩」と謙遜しています)として、各地の農村をネットワークしていたりもします。

一人一人がそれぞれの立場で平和のためのなさねばならぬことをなし、お互いがどこへいっても自分の是とすることを主張し、話しあえる自主性を持つことであり、周囲の国々の駆け引きに下手にまきこまれないようにすることであろう。そしてそれを農民の立場から主張していくには、食料の自給をはかることではないかと考えた。食料を自給しえている国は外国の干渉を排除することができる。それは今日までの歴史を見ればおのずから肯定できる。

どうです、このスタンス? グローバルなんとかとかいって、思い切り「周囲の国々の駆け引きに下手にまきこまれ」まくっている、自主性もなく、自分で是とするところをもたないいまの時代に生きる人びとには耳の痛い話ではないでしょうか。そこに自主性や自分の是とするところがないのは、食料を自給できない現状もあるでしょうが、それと同時に自分たちの生活そのものを真正面から見詰められない弱さがあると僕は思っています。

民俗学の調査のために各地を歩き、人びとの生活に触れ、話を聞くときも純粋に調査をしているのだという考えは宮本さんのなかにはなかったのかもしれません。

人びとの多くは貧しく、その生活には苦労が多かった。苦労は多くてもそこに生きねばならぬ。そういう苦労話を聞いていると、その話に心をうたれることが多かった。そうした人びとの生きざまというようなものももっと問題にしてよいのではないかと考えることが多かった。つまり民俗的な調査も大切であるが、民衆の生活自体を知ることの方がもっと大切なことのように思えてきたのである。

民俗誌ではなく生活誌が大事だというようなことも書いています。表面的に民の俗を知ろうというのではなく、もっと深く実際に生き、生活する人びとの暮らしを知ろうという思いが強かったのであろうことが、この一冊を読むと強く感じられます。

なにも民俗学という学問のために各地を旅し、その記録を残したのではないのだという気がします。もちろん、記録を残すことでその時代の人びとの暮らしを将来に伝えなくてはという思いはあったと思いますが、それはあくまでその時代の人びとの暮らしそのものを大事だと思ったからにほかならないでしょう。

意味論的転回―デザインの新しい基礎理論/クラウス・クリッペンドルフ」でIDEOのデザイン思考が人と物とをつなぐといいつつも、結局はビジネス的側面でしか、人と物の関係を定義しようとしないことに不満を掲げたのは、こうした宮本さん的な姿勢のほうに僕自身が共感を覚えるからです。人間中心のデザインといいながら、結局のところ、なんでもかんでもビジネス中心に考える発想はどうにかしないとだめだろうと思います。

生きるために働くことはとても大事です。ですが、それは会社にしがみつくことだったり、なんでもかんでもビジネス中心に物事を進めようとすることとは別のはずです。宮本さんのように60歳近くまで定職をもたずに全国の人びとの暮らしをネットワークしてまわるという生き方もあったのですから。
その生き方は到底真似できるものではありませんが、その旅がその時代の日本の各地をネットワークしてまわっただけではなく、違う時代に生きる僕たちさえもそのネットワークの端につなげてくれているのですから。

父親の10のことば

それにしてもよく歩く人です。この旅好きな傾向は、どうやら父親譲りのようです。いや、宮本さんの父親だけでなく、ふるさとである大島の男たちはみな、ふと思い立ったようにある日船を出し旅をしてまわったそうです。

その旅は旅行的な意味合いの旅もあれば、出稼ぎ的な側面をもった旅であることも多かったそうです。宮本さんの他の著作を読むと、かつての日本の民衆は決して一か所にとどまらず各地を移動してそうです。狩猟民が切り開いた山の道がいつしか山道となり、山の奥にも人が住める村をつくったのです。

宮本さんは単身大阪に出ることになったとき、父親からこんな10のことばをもらったそうです。以下はその要約です。

  1. 「汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ」。田畑に植えられているもの、村の家が大きいかどうか、瓦屋根か草ぶきか。そうした観察を通じてその土地の貧富がわかり、よく働く土地かどうかがわかる
  2. 「新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ」。高いところから俯瞰すれば全体が把握できる。目をひいたものがあれば、必ずそこに行ってみる。そうすればその土地で迷うことはなくなる。
  3. 「金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい」。それでその土地の暮らしの高さがわかる。
  4. 「時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ」。それでいろいろのことが教えられる。
  5. 「金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのはむずかしい」。
  6. 「30歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし30過ぎたら親のあることを思い出せ」。
  7. 「病気になったり、自分で解決のつかないようなことがあったら、郷里へ戻ってこい」。
  8. 「これから先は子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ」。
  9. 「自分でよいと思ったことはやってみよ」。それで失敗しても親は責めない。
  10. 「人の見のこしたものを見るようにせよ」。そこにこそ大事なものがあるはず。あせることはなく、自分の選んだ道をしっかり歩くことが大事。

どうですか? 宮本さんが父の思い出を語る章に出てくるんですが、僕はこの部分を読んだだけでも、この1冊を読んだ甲斐があったと感じました。これ自体、民俗学的なスタンスにも感じないでしょうか。

退歩はいまも確実に進んでいる

とにかく学ぶことが多い一冊で、何を紹介しようかを取捨選択するのも迷いますが、脈絡もなくこんなことばも紹介しておきましょう。

かしこくなるということは物を考える力を持つことであると思う。物を考えるための材料がなければならぬ。それは周囲にあるものをよく理解し、同時に、もっと広い世界を知らねばならぬ。そしてまず自分の周囲をどのようにするかをお互いに考えるようにしなければならない。そして自分の住む社会の中にリーダーを見出していき、その人を大切にするような社会を作っていくことではないかと思った。

すごくないですか? これが60歳近くまでニートだった人のことばです(笑)

こんな風にひと言ひと言が大変重い。
そんな一冊の最後にはこんなことばがあります。

私は長いあいだ歩きつづけてきた。そして多くの人にあい、多くのものを見てきた。それがまだ続いているのであるが、その長い道程の中で考えつづけた一つは、いったい進歩というのは何であろうか、発展というのは何であろうかということであった。(中略)進歩のかげに退歩しつつあるものを見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う。少なくとも人間一人一人の身のまわりのことについての処理の能力は過去にくらべて著しく劣っているように思う。物を見る眼すらがにぶっているように思うことが多い。

「身のまわりのことについての処理の能力」、そして「物を見る眼」の退歩。これは僕自身が事あるごとにこのブログに書き続けていることのひとつだったりします。そして、この1冊を読む限り、宮本さんがこのことばを記した時代からもすでに、退歩は確実に進んでいるのをつよく感じました。
意味論的転回―デザインの新しい基礎理論/クラウス・クリッペンドルフ」ではクリッペンドルフの「デザインとは物の意味を与えることである」ということばを紹介し、デザイナーはそれを必要とする人びとが意味をどう理解するかを二次的に理解したうえでデザインをする必要があると書きました。ところが、その意味を理解する能力は確実に退歩していきつつあるのです。ひとつ前の「芹沢_介の文字絵・讃/杉浦康平」で書いたような、自分たち自身の生活や自分自身の身体の感覚にもはやインターネット経由の客観的なテキストデータとしてしか認知できないような、そんな奇妙な感覚も、この退歩に由来すると思っています。

僕らはもっと自分の人生を旅しなくてはいけないのではないでしょうか? 一か所に踏みとどまって安住してしまうのではなく、「周囲にあるものをよく理解し」、「もっと広い世界を知ら」なくてはならないのではないでしょうか。そのことが「身のまわりのことについての処理の能力」や「物を見る眼」をふたたび高めていくことにつながるのではないかと思うのです。

ビジネス中心の思考ばかりではなく、自分の人生、生活、そして、それと同時にまわりの人びとの人生や生活を中心に考えながら、ともに旅をする姿勢が求められているのではないかと思います。
そんなことを強く感じさせる一冊でした。繰り返しますが、必読の書です。



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タグ:民俗学 生活
posted by HIROKI tanahashi at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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