これがなかなかおもしろい。上下巻の分厚い本なので、すこしずつ読み進めていますが、白川静さんや折口信夫さんが好きな僕にはとても興味深い一冊です。
巷では「肘掛椅子の人類学」と揶揄されることもある一冊ですが、そんなことはまったくもってどうでもいい。揶揄するなら、じゃあ、君らにこのすさまじい編集ができるの?と思います。
観念連合
というわけで、内容もおもしろいのですが、その編集力がすごいなと感心させられながら読んでいるわけで、それで編集といえばということでちょっと気になって松岡正剛さんの千夜千冊をのぞいてみたら、こんなことが書いてありました。フレイザーが見せた目眩く想像的編集とは、それを一言でいえば「観念連合」というものだ。古代人の観念のなかに入りこんで、そのままその観念に感染し、次々に推理の翼をもって時空に舞い上がる。そして降りてくる。また舞い上がる。ときには地下深くに潜行する。そしてまた息を吹き返す。そのつど、バラバラな現象が観念の力によってくっついていく。まさに観念連合技法というものだ。もうちょっとべつの言葉でいえば「類感」だ。「類が類を呼ぶ」という方法だ。
僕は今月出る予定の(当初18日発行の予定でしたが、いろいろあってすこし遅れます)『デザイン思考の仕事術』
素材自体が本からかき集めたものか、自分の足でほうぼう歩いて拾い集めたものかというところとは別に、大量に蒐集したデータ・情報・物からいかに観念連合の力を使って、新たな発想を導けるかということがとても重要だと思うんです。
もちろん、この話は当然、スタフォードのイメージング・サイエンスの話やチャールズ・パースのアブダクションなどともつながっているんですよね。
類感呪術
それから松岡さんは先の続きでこんなことも書いています。フレイザーがこのような方法を採ったのは、古代人自身がそのような「類感呪術」をもって世界を眺め、その類感呪術のしからしむるところを知識とし、そして類感呪術をもって古代社会の原始ルールをつくっていたと確信したからだった。
うーむ。これはまさに白川静さんの世界ですね。そして、折口信夫さんの世界。『死者の書』なんて、まさにこの「類感呪術」で書かれています。
『死者の書』は僕にとってはあこがれの一冊です。あんな風に物が書けたら、物が作れたらなんとも素晴らしいことかと思います。そして、そこには古代人とおなじ「類感呪術」がある。
デザインをする人((といっても「あらゆる仕事はデザインの仕事です。」なんですけどね))はすこしこのあたりのことを自分自身でしっかり考えてみたほうがいいと思います。自分のなかで観念がいかに連合し、どのようなときにどうような作法で物事にむかったときに類感がはたらくのか、好みが動くのか、です。そして、それを場当たり的にではなく、半ば意図して計画的・効率的に動きやすくするためにはどうすればよいか、ということを。
もうちょっと古代人に学んだほうがいいのかな、と。インストールされているプログラム言語はだいぶ違ったものになっているにせよ、いまの人間も古代人と変わらず、科学によって機能しているわけではなく生物的に機能し発想しているのに変わりないわけですから。論理的思考によってしか物事を組み立てられないとしたら、それは明らかに片手落ちです。
僕ももうすこしこのあたりも追求していければと思います。
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