2006年01月20日

ミーム伝達経路調査

ミームとブログ、複製による回覧、そして延命」というエントリーで、文化的複製子であるミームについて、すこし取り上げた。

あらためて、ミームとは何かを調べると、Wikipediaではこんな風に書かれている。

ミーム(meme)とは、文化が「変異」「遺伝(伝達)」し「選択(淘汰)」される様子を進化になぞらえたとき、遺伝子に相当する仮想の主体である。例として災害時に飛び交うデマ、流行語、ファッション、言語など、すべてミームという仮想の主体を用いて説明できるとする。

ミームは、「進化論というアルゴリズムに支配される遺伝子」というパラダイムの、文化への適用という形で提案された。「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス 1976)で始めてこの語が用いられ、定着した。ドーキンスは「ミーム」という語を文化伝達や模倣の単位という概念を意味する名詞として作り出した。模倣を意味するギリシャ語の語根 mimeme から遺伝子 gene に発音を似せてミーム meme としたという。以降、進化論・遺伝学で培われた手法を用いて文化をより客観的に分析するための手段として有用性が検討されている。

ミームとブログ、複製による回覧、そして延命」では、ミームに関するダニエル・C・デネットの説明を取り上げたが、それによれば、複製子といってもミームは完璧なコピーを作り上げるのではなく、自身の特性を延命させるためのレシピのように考えたほうがよさそうだ。
つまり、外部から何らかの原因でミームを宿した宿主は、元の宿主がミームとともに産出した創作物とまったく同じ複製を作らせられるのではなく、レシピに書かれた特性のみを複製した新たな創作物を産出することになる。それゆえ、たとえミームが創作の動機に関わっているとはしても、宿主がつくった創作物の責任は、ミームの側にはなく、創作を行った宿主にあることになる。
これは遺伝子でも同じだ。生まれた子供の運命をすべて遺伝子のせいにして、自身の責任を問わない両親はいないはずだ(ぜひとも、そう願いたい)。

さて、こうした複製方法がとられるがゆえに、ミームは文化的複製子として、文化の変異、伝達、選択に関わることができるのだといえる(単なるコピーでは文化は広まらないし、深まらない)。
現在のブログを通じた情報の複製的再生産、伝播も、このようなミームが行う文化の複製に酷似している。

というのは、ちょっと回りくどい言い方で、ブロガーを中心に行われる情報の複製による、情報の変異、伝達、選択は、単にこれまでの文化と同じ形式で行われているということだ。
ようするに、その点においてブログを中心にしたWeb2.0的コミュニケーションの形式、情報伝達の形式は何も特別なものではなのだと言える。

違うのは、その再生産、伝達、淘汰のプロセスに関わる人の数がこれまでになく膨大なのと、ミームの伝達される様が参加者である宿主たちの目の前で繰り広げられる点(これまでなら他の人から自分、自分から他の人への伝達以外の伝達経路は目にしづらかったが、いまではそれを後追いできる)である。

文化の再生産、伝達の基本的な仕組みは変わってないが、その再生産、伝達のプロセスが後々、追跡することが可能だということは結構驚くべき変化なのではないかと思ったりする。しかも、それは特別な権限をもった人でなくても、その気がある(それに必要なコストを払う覚悟のある)人なら基本的には誰でも可能なのだ。
このようなミームの伝達経路調査とその分析を根気よく行えば、どういうミームが延命しやすいのかもそれなりにわかってきて、宿主の側が自分に都合のよいミームを人工的に作り出すことも可能になるかもしれない。

ん? ホントか、それ?

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posted by HIROKI tanahashi at 14:42| Comment(0) | TrackBack(1) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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