2009-05-03:花尽くしと情報技術

今日は、向島百花園に行ってきました。



百花園。「百」といえば「尽くし」です。

「百」の世界は「尽くし」と呼ばれる。蝶を尽くす。数え尽くし、描き尽くす。ここには「集団」という概念がない。一匹一匹が異なっている。尽くしの方法とは、すべての「種」を集め尽くすことであり、ヒエラルキーはない。

「集団」という概念がなくヒエラルキーのない百=尽くしの世界。
それはまた現在の接続詞のある世界とは異なる接続詩のない世界でした。ことばとことばのあいだ、物と物のあいだの関係を、理由、原因、結果、所有、逆説、累加などで固定してしまうことのない世界で、そこでは人びとによる遊びのある解釈の余地が残されていたわけです。

接続関係のはっきりした言語表現からみると、関係を限定しない関係の表現ーたとえば列挙表現-は機械の遊びと同じような意味での「意味の遊び」が大きく、極めて不安定にみえる。伝達効率も悪い。にもかかわらず、「取り合わせ」や「間」や「連なり」が意味を形成していくという、論理関係とは異質な意味生成の可能性が、ここにはあった。

固定された意味を読むのではなく、取り合わせや間や連なりが生成する意味を受け取る側が自由な解釈で感じとる。まさに向島百花園のたくさんの花々の重なり合いもそんな百の世界を感じさせるものでした。
そういう余地の残った表現―解釈がいま必要ですよね。その先にこそ、本当の情報技術というものがあってよいのであって、情報を単なる通信の問題としてビットで処理してしまうITは根本が大きく間違ってるんだなーと思っています。すくなくとも、その情報には百の花をひとつひとつ描きわけその何倍もの感情を呼び覚ますような情報の働きが含まれていません。それでは「尽くし」を処理できないわけです。

17世紀にシェイクスピア演劇が、それが書かれた台本ではなく舞台で声を通じて発話される台詞であり、そのため非常に多義的な意味を含んでいたことを理由に、ことばの曖昧さを嫌い、普遍言語を確立しようとした英国王立協会がそれを排斥し、その流れは王立協会の初代総裁であった数学者のジョン・ウィルキンズやライプニッツによって0と1のバイナリー(二進法)によって何でも表せるというアイデアに結実したことは「近代文化史入門 超英文学講義/高山宏」で紹介しましたが、実はそこで排斥された人とことばのあいだで生じている多義にこそ情報の本質があるはずだから。

向島百花園|公園へ行こう!http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index032.html

ひとりでがんばらない

あやめが咲いていました。



ほかにもいろんな花が。



東京に残る古い庭園の多くは小石川後楽園や六義園をはじめとして大名の屋敷跡であることが多いのですが、1804年に築園された百花園はそれとは異なる来歴をもっています。

百花園は骨董屋を営んでいた佐原鞠塢(さわらきくう)が、隠居後の1804(文化元)年に膨大な土地を購入して開いたサロンであった。そのやり方がうまい。いかにも江戸人らしく、自分ひとりでがんばったりはしなかった。
骨董屋時代に懇意になった文人たちに、梅の樹の寄付を呼びかけたのである。すると最初は100株からはじまった梅の樹がついに360株あまりとなって、植物園ができてしまった。百花園というが、じつはその3倍以上の花がここには集まった。そして樹木を寄付した文人たちはここを自分の庭として利用したのである。
田中優子(写真・石山貴美子)『江戸を歩く』

いまでいえばオープンソースでつくられているわけです。オープンソースなので、樹木を寄付した文人たちも利用し、それで文人たちのサロンともなっていたそうです。園内にはそのことを示すたくさんの句碑がありました。

ひとりでがんばらずに、たくさんの人の力を集めてつくるから、そこがコミュニティとなる。そういう文化が江戸にはあったわけです(cf.「「連」という創造のシステムを夢想する」)。

プレゼント

百花園で新鮮な空気を吸ったあとは、銀座に立ち寄って誕生日のプレゼントを買いに。ちょっと予算オーバーでしたが、気に入ったものを買えてよかった。

人にプレゼントをするというのはいいことだなと思います。人からプレゼントされたものには、自分で買うのとは違う愛着が感じられるからです。プレゼントした側も、された側も、それで物に対して違う感情をもつことができます。

百花園に寄付した文人たちもおなじなのかなと思います。それは単なる植物園とは違うものだったんじゃないでしょうか。寄付とかプレゼントとかボランティアというのは、無料=ただというのとは違うんですよね。

モノとモノとを商品として交換するということは、ある時期までの社会では、普通の状態では実現できなかったことだと思うのです。モノとモノとを交換する、人と人とのあいだでモノが交換されることは、いわゆる贈与互酬の関係になります。そのように贈りものをし、相手からお返しをもらうという行為がおこなわれれば、人と人との関係は、より緊密に結びついていかざるを得ないことになってきます。これでは商品の交換にはなりません。

そう。商品の交換にならない、物の贈与というのがあったほうがいい。なんでも商品にしてお金をとろうとする世の中ですけど、金銭による交換だけでなく、贈与という文化も大切にしたほうがいいと思います。また、金銭による労働だけではなく、無償での労働でなにかを他人のためにつくることも大事か、と。

あらゆる関係を、金銭関係のようなわかりやすく冷たい関係にしてしまうことはないと思います。昨日までの知識に関する連載とも関係することですが、わかりやすさを自覚的に拒否していく態度が必要だと思っています。

先に書いた情報技術を単なる通信の問題として扱ってしまうことの根本的な思い違いにも通じることですが、情報が何か固定された意味を担ったメディアのようなものと考えてしまうと、それがわかりやすいとかわかりにくいという話になる。実際はそうではなく、情報に接して、それがわかるか、どう解釈するか、そして、情報そのものが何を意味するかはあくまでそれをうけとる人と情報のあいだの相互関係のなかではじめて決まる。だからこそ、固定化された情報によるわかりやすさは拒否して、みずからの感情が関与できるすこしわかりにくいものを受容できるようにしていくことが必要なのです。プレゼント=贈与による物や労働の交換というのもそのひとつだと思っています。

それによって、物も、世界も別のものに感じられるようになるのですから。
このあたりももうちょっと深掘りして考えてみたいなと思ってますが、いまのところあんまり手が回ってない。うーむ。

器いろいろ

今日も結構歩き回ったので、家に帰る頃には足がクタクタでした。

それで家に着くと、ちょっとのあいだ睡眠。
その後に夕食。いつもの和食メインの夕食とは違って、今日は結構はなやかな彩りの夕食になりました。



もうひとつ、いつもと違うのはおなじ和の器でもいつもの陶器メインではなく磁器メインだったところ。青の色合いが涼しげで、これからの季節はこれらの器が活躍するのかな、と思います。



そうそう。肉ののってる器はめずらしく民藝の器ではなく、江戸時代の骨董。秋に京都に行ったときに買ったものです。今日はその意味で江戸に関連がある日だったのかも。

最近、器にも慣れてきたせいもあってか、器それぞれの性格みたいなものも感じられるようになってきて楽しくなってきました。その話はいずれまた別の機会に。

   

関連エントリー

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック