2009-04-29:布地にこだわる

今日から僕もGW突入です。
8連休のスタートは晴れ。
天気がよかったので手ぬぐいを洗って干す。



手ぬぐいは使っているうちにやわらかくなる

僕は普段、ハンカチ代わりに日本手ぬぐいを使っています。
昔ながらの製法でつくられた日本手ぬぐいは買ってすぐのころは固くて水分の吸収も悪いんです。それが使っていくうちに本当にやわらかく心地よい肌触りに変わってきます。
自然の染料を使っている関係で洗うと色落ちすることもあり、手洗いしますが、そうやって水を通してあげることで生地がやわらかくなっていくのが手洗いしているとわかります。それがわかると最初はめんどうに感じていた手洗いも楽しくなりました。
いまは洗濯の際に柔軟剤を使ったり、もともとやわらかい手触りのものが求められたりする傾向があるように感じますが、本来、丁寧につくられた生地というのは実は使っていくうちにやわらかく肌に馴染むようになっていくものだろうと考えるようになりました。

使っている手ぬぐいは、かまわぬのものが多いです。

かまわぬhttp://www.kamawanu.co.jp/

WAREHOUSEのTシャツ

今日は3時頃に家を出て原宿に。
WAREHOUSE原宿店あらため原宿ARCHIVESに立ち寄る。



WAREHOUSE:http://www.ware-house.co.jp/

お目当てはTシャツ。買ったのはこれ。



僕はこのWAREHOUSEのLot 4601と呼ばれるシリーズのTシャツが好き。何が好きって生地感が最高にいいんです。

生地には粗びきの12番のスラブ糸を使用し、甘く編みたてたものを使用しています。
洗うと目が詰まり、無地でありながら、陰影でボーダーのような柄がうまれるため「シャドウボーダー」ともよばれています。
不均一な糸を使用してゆっくりと編まれていた時代のTシャツをイメージしてつくられているこのボディは、ウエアハウスの夏の定番となっています。

そう。このシャドウボーダーといわれるムラのある生地感が最高なんです。生地の厚みにムラがあるので、着ているうちにデコボコしたシワができてくるのがいいんです。色がついているものはボーダーの感じがわかりにくいのですが、白地のものは薄いところがすける感じでボーダーの感じがよくわかります。

はじめて買ったのが去年の夏で、他に4枚持ってます(写真左下のトリムTシャツは、正確にはLot 4601シリーズではないんですが、ボディに使ってる生地はおなじです)。



生地感が一番のお気に入りの点ですが、プリントの色落ちも好きです。この鹿のTシャツも去年買って、ガンガン洗濯機で洗ってますが、だいぶ色落ちしてきています。



拡大するとよくわかる。ほらね。



WAREHOUSEのものってTシャツに限らず、古いアメリカの製品を実際によく研究した上でその風合いや柄などを再現しているそうです。このあたりはなんとなく民藝にも通じるところがあるなと感じていて、好きなんですよね。特にこのLot 4601シリーズは大好きです。そうだ、このLot 4601シリーズは脇に縫い目がないのも着心地がよく好きなところでした。一枚のTシャツにこれだけ良さがあるのってステキ。

WAREHOUSEオンラインショップ(Tシャツ)http://www.ware-house.co.jp/index.php?page=items&cc=566

ものづくりって、こういうアプローチが正しいような気がしてます。さっきの手ぬぐいでもそうなんですけど、こうやって作ってくれれば、愛着をもって長く使えるのになって思います。そして、何より使うのが楽しくなる。手ぬぐいでもTシャツでも買ったばかりの頃がいちばんつまらなくて、使いこむうちに良くなってくる。こういう感覚が大事だと思うんですけど、どちらかというといまの大多数のものの作り方って逆ですよね。買ったばかりの新品の状態が一番いい状態で、あとは悪くなるばかりのものが多すぎます。作る側がちゃんとこのあたりも考えてほしいな、と。

作る側だけでなく、使う側も自分で手入れをしながら使いこむことで、ものを良さを知る、良さを見抜く、自分の好みを知ることをきちんとやっていくことが大事だと思います。それこそ衣食住というのを見直してみることが必要か、と。

amazonでのお買い物

そして、これは今日買ったわけではないですけど、amazonから届いたのが、山田孝雄さんの『日本文法学要論』と『国語学史要』、鎌田東二さんの『神様に出会える 聖地めぐりガイド』、養老孟司さんの『手入れ文化と日本』の4冊。

山田孝雄さんの本は日曜日に本屋で見て「山田国語学」というのに惹かれて購入しました。鎌田東二さんと養老孟司さんはある意味では定番。まさに洗いながら手ぬぐいがやわらかくなるのを楽しむなんてのも「手入れの文化」だと思います。

さて、どれから読もうかな。

   

そして、このライフログ・エントリーのお約束、今日の夕食。
いさきのマース煮とSPAMを使ったチャンプルで沖縄風に。マース=塩ですよ。もちろん、盛り付けはもやい工藝で買った沖縄の皿に。ただし、盛りつけるときに頭がとれてしまったのは失敗。



そうそう。『Discover JAPAN 4』に書いてあったんですが、もやい工藝の店主の久野恵一さんは大学時代に、昨日の「喜びも悲しみも大家に集まる」でも取り上げた民俗学者の宮本常一さんに師事していたそうです。久野さんの日本各地を歩き回ってよい民藝の品を見つける姿勢にも納得がいきました。
やっぱり自分の身体を使って、ものにこだわるという姿勢が大事ですね。他人の書いたレビューをあてにしてるようじゃ話になりませんね。

読んだ本が「当たり」とはかぎらないし、かなり「はずれ」もあるということです。さきほども言ったように「三振」を喫することもあるということが基本です。しかし、そこが読書の出発ですから、何かを得るためだけに読もうと思ったって、それはダメだということです。そういうものじゃない。
贋物をつかまされたり、法外な金額で買わされたり、痛い目に遭わずに骨董を覚えようと思うのが、間違いなのである。
このころ正子は骨董商とのつきあいを聞かれると、
「骨董屋が持ってきたら、まず、全部買っちゃうの。そりゃ、中にはガラクタもあるわよ。だけど、全部買っちゃうの。そうしてると、向こうだって気がとがめるからさ、いいものをもってくるのよ」
と答えるようにしていた。

三振や痛い目に逢うのを避けようとするのが間違いです。養老孟司さんの『手入れ文化と日本』の本の帯にも〈「ああすれば、こうなる」という思想に変わったのが、日本の都市化である。そのなかで環境問題が生じ、少子化、教育問題が生じている。子どもも環境も、「ああすれば、こうなる」で済むものではない。それがわかっているから「手入れ」だった〉とあります。ああするのと、こうなるのとの因果関係に期待しすぎてはいけないのです。
使う側が間違いを恐れるから作る側も間違える。この間違い嫌いという負のサイクルはどうにかならないものかと思います。

  

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