
まず、情報を扱う作業をするためには、ある程度のスペースが必要だということはKJ法をやったことがある人なら誰もが実感したことがあるのではないでしょうか。たとえば、A4の用紙に書かれた文章が10数ページもあれば、大きな模造紙2枚分くらいのスペースがないとKJ法はできません。
フィールドワークなどの定性的な調査で集めた手元の情報を、ある程度、人間が把握した上で有効に活用しようとすれば、PCのモニター上のスペースではあまりに小さすぎます。情報をポストイットやカードに手書きで写すか、プリンターで出力してカード状にするかは別として、いったんは単位化した情報を大きなスペースに広げてみて全体を整理してみることが必要になります。
KJ法というのは、カードやポストイットなどの形で単位化した情報群のマップをつくる思考のための作業です。そのマップ作成の作業をするのには、情報量に応じたスペースがいる。ある程度の広さのスペースを使って情報を圧縮していく作業が、結局は頭のなかの小さな空間に情報の全体像を示した地図を刻んでいくことになります。僕は仮説として、ある程度の量の情報からしかるべき形の発想、仮説形成をするためには、ある程度の広さをもった空間が必要になるのではないかと思っています。
今日はそれについてすこし考えてみようか、と。
情報を扱う作業とスペースの関係
ただし、すべての「情報を扱う作業」にKJ法同様のスペースが必要でもありません。作業のタイプによって必要なスペースの大きさも、必要な道具や手法も違ってくるということ、そして、それがなんとなく分類できそうだということに今日気づきました。情報を扱う作業の分類としては、以下のようなタイプがあると思っています。
- 俎板にのせる:情報を集める作業です。フィールドワークやインタビュー調査のような方法もありますし、インターネットや書籍などのメディアから情報を収集するという方法もあります。ブレインストーミング形式でそこに参加した人びとの頭のなかにある情報を外化し共有するのもそのひとつの方法でしょう。
- 下拵えをする:集めた情報を整理し、解釈し、把握する作業です。KJ法を用いて、単位化~圧縮化~図解化~文章化するのが代表的な作業です。
- 調理する:情報を素材としてアウトプットを作成する作業です。編集であり、情報デザインです。構造化、関係性の定義、視覚化などの方法を用いて、さまざまなタイプの制作物を作成します。
- 仕上げをする:情報を加工して作成したアウトプットを評価・レビュー・改善する作業です。第3者による評価、実際に制作物を利用してもらうテスト形式での評価などの作業を経て、制作物の問題点を明らかにし、改善案を作成する作業です。
この4つは、ある意味では思考のプロセスの4段階であるともいえるかなと思っています。なので、情報を扱う作業とスペースの関係を考えるということは、思考のプロセスの4段階と作業空間の関係を考えることとほとんどイコールになるのかなとも思います。それはグループワークや会議の空間を考えることにもつながってくるのではないか。
そして、この4つのタイプそれぞれに応じて、作業のスペースの大きさや作業に用いる道具に求められる要件が違ってくると考えました。
以下、4つのタイプ別に考えてみたいと思います。
1.俎板にのせる
最初の「俎板にのせる」作業ですが、これは時間とともに手元の情報が増えていくという性質の作業です。ただし、増えていく情報はこの時点では一覧化できる必要はなく、むしろ、コンパクトな形で積み上がっていくのがよいかと思います。ですので、ツールとしては、メモ帳やノート、あるいは録音や録画できる機器、PC上のソフトウェアなどが適しているのではないかと思います。ブレインストーミングの場合なら、ホワイトボードにアイデアを書きだすなんて方法も有効だと思います。
どのツールが適しているかは、作業環境や作業のコンテキストによって変わってくるのではないでしょうか。
いつでもどこでも情報収集したいのであれば、メモ帳+小さなカメラなどのほうがよいでしょうし、計画的なフィールドワークなどであればもうすこし大きなビデオカメラなどを使ってもよいでしょう。インターネット上の情報を扱うならコピペができるPC上のソフトウェアが便利でしょうし、本や雑誌などからの情報を集めるのならコピー機などを使ってもよいかもしれません。
2.下拵えをする
次の「下拵えをする」段階は先にも書いたとおり、KJ法による作業を行うことになります。KJ法までいかなくても、集めた情報を一覧できる状態に広げて、情報同士を並べたり、比較してみたり、内容で分類したり、関係性を表現できるよう配置してみたりしながら、集めた情報に語らせる作業をしてみることが必要だと思います。
この場合、やはり集めた情報すべてをいったんは一覧できる状態にするのに十分なスペースが必要だと思います。また、単純に並べるだけでなく、単位化した情報を自由に動かせるようにすることも大事です。
そうなると、やっぱりポストイットやカードなどを使って情報を単位化し、それを大きなテーブル、模造紙、あるいは床の上などに並べることになるでしょう。
PCが一番向かないのは、この作業ではないかと思います。
ここでの目的は、スペースいっぱいに広がった情報群を、アブダクションを働かせて、整理し、解釈し、把握することで仮説形成・発見をすることです。連想を働かせて情報同士をつなぎあわせたり、いろんな関係性をみいだし並び替えたりすることで、情報全体にものを言わせるのです。もちろん、実際にものを言うのは、情報を動かす作業のなかから何かを見出す作業者自身です。この作業には大きな空間がいるし、その空間を埋める情報の量とその量の膨大さにめげずに作業を行う根気と意欲が必要です。
3.調理する
下拵えで発見したコンセプトを元に具体的に情報を「調理する」ことで、もともと存在しなかった何かを新しく生み出すのが次の段階です。先にも書いたとおりで、これは集めた情報や下拵えによる発見から、情報編集、情報デザインを行う作業になります。この作業は先の下拵えほどではないせよ、ある程度のスペースが必要です。そして、やはり下拵え同様に自由に情報を動かせるスペースがいります。
具体的な作業は紙を使ったペーパープロトタイピングやラフスケッチ、あるいはマインドマップツールなどを使ったコンセプトの組み立てなどを経て、徐々に制作物を緻密化していくことになります。ですので、ツールとしては、最初からPCを使ってもいいと思いますし、ラフな状態ではグループワークでの作業を重視するために、紙でみんなで見ながら作業も分担しながらできるメリットを優先するやり方でもいいと思います。
いずれにせよ、制作物を緻密化していく段階ではPCを使うことになるのではないでしょうか。もちろん、3次元的な物体を制作する場合には、PC上だけでは表現できませんので別の手段がいりますし、それがある程度の大きさのものであれば、下拵え段階以上のスペースを必要とするかもしれませんが。

4.仕上げをする
最後の「仕上げをする」作業は、先に制作したアウトプットを誰かにレビューしてもらったり、対象となるユーザーにテストしてもらったりすることで、制作物の問題点を抽出する作業になります。もちろん、抽出された問題点は改善方法を検討し、制作物をブラッシュアップしていくことになる。レビューやテストをするにはまず制作したアウトプットを、レビューを行ってくれる人、テストを行ってくれる人に提示する必要があります。ただ、制作したものだけを提示するのではなく、きっとそれを説明したり紹介したりする情報もいっしょに提示しなくてはレビューやテストにはなりません。
そして、それを見てもらった使ってもらった結果、相手が言ってくれたコメント、使っているときの動作を記録していくことになる。ここでは「俎板にのせる」段階と同様の記録の作業が必要になります。
レポートなどのレビューの場合であれば、レポートそのものに指摘された点をメモしたり、その箇所をその場で修正したりということもあるでしょう。紙に赤を入れてもいいし、PC上のデータがあればその場で修正することもできます。レポートでなくても、UIのデザインやグラフィカルな制作物など、PC上のデータが制作物になっているのならおなじようなことはできるかもしれません。その場合、必要なスペースやツールは「調理する」段階にも似てきます。
その意味ではこの段階での作業は「俎板にのせる」段階と「調理する」段階に準じたものになるケースが多いのではないかと思います。
まとめ
以上、情報を扱う作業の4タイプにそれぞれ必要な作業スペースとツールの関係について、思考のプロセスの4段階と考えたうえで時系列に沿って考えてみました。4つのタイプ・段階のうち、「下拵えをする」段階をのぞけばPC上で作業を行うこともできそうだという気がします。グループワークの場合でも、ひとりが率先してPCを操作する作業者を引受け、それ以外の人はプロジェクターやディスプレイに表示された情報をみながらアイデアを出し合うことでPCを使った作業もなんとか可能ではないかと思います。
もちろん、物理的な物を扱う場合やフィールドワークなど外部で行う作業の場合はむずかしいでしょうし、紙やホワイトボードに書いたほうが手っ取り早い、ラクと思える場合もあると思うので、そのあたりは好みや慣れもあるでしょう。
ただし、ここでポイントになるのは、いまのPCのデザインでは「下拵えをする」段階の作業を行うのだけはむずかしいということだと思います。何より圧倒的に情報を一覧するスペースが小さすぎますし、情報を動かして並べたりくっつけたりする作業を複数人で行うのがむずかしい。でも、アブダクションによる推論を使って仮説形成を行うこの段階では、そうしたスペースや情報を動かすという具体的な作業を通じた連想やアナロジカルな思考が欠かせません。
先の「ひとりエスノグラフィ」というエントリーで、「無意識の作法に気づかずにインタラクションをデザインしてしまうから、思考停止助成ツールみたいな道具ばかりができてしまっている」と書いたのも、これと関係することで、「下拵えをする」段階での作業を完全にすっ飛ばしてしまったり、窮屈なPC上のスペースで誤魔化したりしてしまっているために、せっかく集めた情報から有益な仮説形成や発見につながる推論が実行できなくなってしまっていることは非常に多いと思います。
とるに足らぬがらくたを糊ハサミで束の間安定した布置に配することによって変化させる操作としてのコラージュが、怪物のように動く意識を捉える技術としてはいまだに有効なのである。知覚組織化が先ず際だつ特徴を区別し、断片を組み替え、精神の目には何とも凸凹にそれらを処理するところを目の当りにすることによって、我々は、入ってくる視覚的刺激を脳がどう組織化するものか理解(see)する、というか文字通り〈見〉知る(see)わけである。バーバラ・M・スタフォード『ヴィジュアル・アナロジー―つなぐ技術としての人間意識』
PCなどのユーザーインターフェイスのデザインであっても、会議やワークショップを行うリアルな空間のデザインであっても、こうしたことに配慮してデザインを行うことが重要なのではないかと思いました。引き続き、このあたりは考えていきたいなと思います。
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