2009年04月10日

物学(ものまね)が咲かせる花

イタリアのデザイナー、アキッレ・カスティリオーニは物を扱う人びとの身振りを模倣することで、その知恵を感じ取りました。

ごくまるで現代の人類学者の言葉のような95年の「学生たちへの助言」にも「人々の当たり前な身振りや慣習順応的態度、人が気にもとめないようなフォルムを批評的な目を持って観察することを」学びなさい、とあるように、世界を前に、分析し、いつでも批評的精神で物を見よ、目の前に提示された現実を鵜呑みにせず、ごくありきたりになってしまっている物のあり方をもう一度批判的に見直し、そうでない物事の在り方を探すための足掛かりにしろということなのだ。

人の動きを模倣するという意味では、日本にもそうした伝統をもった芸能があります。

みなさん、何かわかりますか?
能です。能楽師は古くから伝えられる型に忠実であることを第一に考え、芝居のように演じる人物になりきって表現するということはしないそうです。能には、200番以上ある曲のひとつひとつに決まった型があり、能楽師はその型を幼少の頃から繰り返し練習して身につけていくといいます。

能における物学(ものまね)の重視

能の前身は猿楽です。1880年に能楽と名称が変更されるまでは能は猿楽と呼ばれていました。

ただ、鎌倉期までの猿楽と室町期になって観阿弥や世阿弥らがひとつの芸能の形として確立した猿楽とはすこし違います。もともと猿楽は、中国大陸から移入された散楽と呼ばれた、軽業や手品、物真似、曲芸、歌舞音曲などの様々な芸能が含まれた物であったのではないかといわれています。この散楽のうち、人間の日常の所作の物真似などの滑稽芸を中心に発展させた物が猿楽です。

観阿弥・世阿弥親子はこの猿楽を精神的な美しさである幽玄に重きをおく物に発展させたんですね。ただし、その幽玄を表現する型は猿楽がもともともっていた物真似です。滑稽芸に用いられていた物真似を幽玄を表現する物として置き換えたのですね。そうであるがゆえに、能は型を重視するんですね。

世阿弥が観阿弥の口述を記録し編集した物といわれる芸能論である『風姿花伝』でも、物学(ものまね)が重視されています。「物学」と書いて物まねと読むんですね。学(まな)ぶはもともと真似(まね)ぶだったといわれています。能は、物学によって、女にもなり老人にもなり、修羅にも神にも鬼にもなる。そこに花が生まれる。「花伝書」というくらいで能の花について伝えることがコンセプトになっています。能の花は物学の稽古によって咲く。稽古、すなわち、古(いにしえ)を稽(かむがへ)ることです。「稽古照今」という熟語もある。古を考え今に照らす。これは先にいった既存の構成を知り新たな形に再構成するというデザインの基本姿勢にも通じます。

真(まこと)の花、そして、型

この稽古を能では、七歳ではじめるのがよいと世阿弥は『風姿花伝』に記している。そして、十二、三にもなれば「時分(じぶん)の花」が咲くが、それは「真(まこと)の花にはあらず」と書いています。三十四、五になると能の盛りとなるが、それでも「真(まこと)の花を究めぬとしてと知るべし」といっているんですね。四十以降は能は枯れていく一方だといいますが、四十四、五になっても失われていない花があれば、それが「真(まこと)の花」だといっています。

最後の「別紙口伝」では花を知ることが大事だといっている。「花は、見る人の心にめずらしきが花なり」とあって、「花と、おもしろきと、めずらしきと、これ三つは同じ心なり」ともいっています。この花は物学を稽古で究め、工夫をすることによって咲く物だとしていて、「花は心、種は態(わざ)。」だともいう。徹底して物学を重視し、見る人の心におもしろき、めずらしき花を咲かせることを目指すことを伝えているんですね。

型に花を咲かせる知恵が埋め込まれているんですね。型を徹底して学ぶことでその知恵を自ら体得していく。それはカスティリオーニが世界中から集めてきた物を〈いじり、遊び、人が扱うその身振りを「模倣」する〉のと通じますよね。それでいて、花伝書で世阿弥は「物まねをきはめて、その物まねに、まことになり入りぬれば、似せんと思ふ心なし」ともいっています。物学をし続けることで似せようとしなくてよいという境地が生まれてくるのだというんですね。物まねの追求によって、「見る人の心にめずらしき」と感じさせる花を咲かせる。現代のオリジナリティの追求ばかりを重視する考え方とはまったく逆の姿勢だともいえますよね。

利休の型紙

こうした学び=真似びを重視するのは、能ばかりではありません。日本の芸能や武道などでは守破離ということがいわれます。「守」は先人の教えを正しく守りつつ稽古しそれをしっかりと身につけること、「破」はその教えをしっかりと身につけたのち、それを自らの特性に合うように修行し、自らの境地を見つけること、「離」はそうした段階を経て何物にもとらわれない境地をいうなどと説明されます。離なんていうのは達人の境地で、それこそ観阿弥や世阿弥のような人にでもならないとだめなんでしょうけど、破くらいでちょうど物真似を究めて「似せんと思ふ心なし」という感じなのかなと思います。いずれにしても、そうなるためには守が必要。学ぶ=真似ぶことからはじめるんですね。そして、「真似からはじまる自己の再認識」でも書いたとおり、まずは自分の思い込みを捨てて型から学ぶことからはじめることが必要なんですね。

茶道でもそうです。茶道の作法では、まるで無意識にやったかのように自然と無駄のない軌道を描くような所作を意図的に行うようにすること立ち振る舞いが究められている。それは単に直線で結んだ最短距離で動作するということではなくて、あくまで自然に無駄がないと感じられるような動きです。そうしたことを稽古によって学んでいく。教えられるのではなく学ぶんですね。

茶道には、千利休の教えをはじめての人にもわかりやすく、おぼえやすいように、和歌の形にした「利休道歌(利休百首)」という物があります。「その道に入らんと思ふ心こそ我身ながらの師匠なりけれ」とか「稽古とは一より習い十を知り十よりかえるもとのその一」という風に学ぶ人の心構えを教える歌や、「右の手を扱ふ時はわが心左の方にあるとしるべし 」とか「何にても置き付けかえる手離れは恋しき人にわかるると知れ」といったように立ち振る舞いに関する姿勢を伝える物など、全部で百種の歌に茶道を学ぶ人の心得のような物が歌われている。初心者はこうした教えを最初は忠実に学んでいくんですね。

そうした学びの姿勢は千利休自身にもあったことが伺えます。京都の大徳寺には千利休が遺したといわれている器の型紙があるそうです。数多くの器を自分で模(かたど)ることによって、目利きの修行をしたんでしょう。

アナロギア・ミメーシス、パロディア

世阿弥のいう物真似の稽古にしても、利休の目利きの修行にしても、これらの知はいわゆる言葉を介した形式知でないというところがポイントです。古を考える稽古も身体を使った経験的な知の蓄積によりパターン認識力として身体に刻み込んでいく。それゆえ判断もアウトプットも、言葉を介さず直接的に働くことになる。これは速い。瞬間的といってもいいと思います。考えての判断、アウトプットではなく、直観的です。この状態をつくるのが稽古であり修行なんですね。

おもしろいのは、古代ギリシアの創作三原則にも、アナロギア・ミメーシス、パロディアということがいわれている点です。アナロギアは類推、ミメーシスは模倣、パロディアは諧謔。悲劇も喜劇もこの三原則を元に生まれるといわれています。能の物学もこのミメーシスと重なります。滑稽芸であった頃の猿楽はパロディアの要素も含んでいたはずです。

この3つはまとめるとアナロジーのとる三様態と見ることもできます。どれも元にある物を真似することで理解できるようにしたり、比例や相似の関係を使ってそこにない物を想像したり、引用しつつ差異を強調することで笑いを誘ったり、ある物事にフォーカスした観察から創作を可能にする技術です。観察をもとにしているということでもわかるように、アナロジーによる創作は単なる言葉などの形式知による理解以上のものを必然的に含むことになります。

ここで昨日書いた「モダンデザインの歴史をざっと概観する」<>の話とつながってくるわけです。

  

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ラベル: 茶の湯 真似
posted by HIROKI tanahashi at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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