あそぶ、つくる、くらす/五十嵐威暢

「デザイナーを辞めて彫刻家になった」
この本の表紙の著者名(五十嵐威暢)の前には、そう書かれている。



PARCOのロゴのデザインなどを手がけたことで知られる五十嵐威暢さんは、1994年にそれまでデザイナーとしての輝かしいキャリアを投げ捨てて彫刻家になった。

だが、しかし、それは世間で言われるように「突然」の出来事ではないことが、この本の「あとがき」を読むと、わかる。

40歳になった1984年に、50歳になったらデザイナーを辞めて何か違うことをしたいと考えた。
目前にある仕事をバリバリこなしながら、10年かけて会社をたたんだ。
五十嵐威暢『あそぶ、つくる、くらす』

そして、1994年に彫刻家に転身し、いまや、石、金属、テラコッタ、木などの素材を使ったその作品は、東京ミッドタウンの「予感の海へ」、大江戸線大門駅の「波のリズム」など、多くの公共施設の空間を彩っています。

「あそぶ、つくる、くらす」が一体化した世界

五十嵐さんは本書の「まえがき」に「彫刻家として歩み始めて、次第によみがえってきたことがある」と書いています。
それは生まれ育った北海道での、子どもの頃の友達との素朴なあそびであり、川や森や畑や雪原などの自然から学んだことであったりするそうです。そして、それは「あそぶ、つくる、くらす」が一体化した世界だったと言っています。

あそぶこと、つくること、くらすことも古代からの人の営みであり、特別なことではない。これらのことは生きていく上で自然に行われてきたことで、互いに連携したひとつのことである。
五十嵐威暢『あそぶ、つくる、くらす』

けれど、現在の世の中ではそうではない。「分業化が進んだ今日、基本的にひとつであったものが、バラバラになった感がある」と五十嵐さんは書いています。

分業化:家庭と職場の切り離し

実際、日本でも江戸期までは確実に一体感をともなっていた職場と家庭の分離がその後なされています。職場と家庭は通勤という別の仕事で隔てられるようになりました。

その原型はいうまでもなく、科学的管理法の父と呼ばれるフレデリック・テイラーが1910年代の前半に主張したテイラー・システムに見出すことができます。
テイラーが主張した科学的管理法は「課業管理」「作業の標準化」「作業管理のために最適な組織形態」の3つの原理からなり、中でも「課業の設定」「諸条件と用具等の標準化」などを含む「課業管理」がシステムの中核を成しています。そのうち、「課業の設定」は1日のノルマとなる仕事量を設定することで、フォードはこれに従い、労働時間を9時から17時に定めました。仕事に従事するオフィシャルな時間とそれ以外のプライベートの時間を明確に分けたのです。

テイラーと同時期にアメリカでは、家政学者クリスティーヌ・フレデリックが1913年の著書『新しい家事管理(The New Housekeeping)』で「家事労働も職業である」と提唱し、家事労働の効率化を図るキッチンなどのデザインも進められています。その流れは、アメリカの外にも飛び火し、1925年にエルンスト・マイとマルガレーテ・シュッテ=リホツキーは「最低限の生活のための住居」というコンセプトの集合住宅の計画において「フランクフルト標準」を提案しています。
日本でも明治42年、アメリカからバンガロー式の組立住宅を持ち帰り、それを中流住宅として日本で販売する住宅専門会社「あめりか屋」をつくった橋口信助が、女中なしでも生活できる作業能率のよい家屋(特に台所)の改善を求めた家政学者の三角錫子との出会いから影響を受けて、大正4年に「住宅改良会」を設立するなどの動きが見られました。

空間からも時間からも切り離された身体

こうした近代合理主義の流れのなかで、いつしか「あそぶ、つくる、くらす」はバラバラに行われることになりました。古来備わっていた連帯感は現代においては著しく損なわれています。

ただ、近代の社会のシステムだけがそうした分業によるバラバラの営みを生み出したわけではないでしょう。いま使われている道具の方面から、現代に暮らす人々がいま物事にいかに接しているかということを考えてみても同じことがいえると思います。

テレビや電話は、人びとを空間から切り離しました。そして、インターネットがさらに時間から人びとを切り離してしまっています。
空間からも時間からも切り離されたインターネット上の情報が価値が不明瞭で、それゆえ必要以上に量的な膨大さのストレスを感じさせるのは当然です。本来、空間にも時間にも縛られていて、それと一体としてある人間の身体が感じる情報の身体感覚が、時間からも空間からも切り離されたインターネット上の情報には失われているのだから。

情報技術といいつつ、人間と情報との関係をきわめて形式的にいい加減に考えてしまった結果がこれなのでしょう。逃走のための危機察知能力も、生きるための糧を得るための獲物を獲得する発見能力も、身体が時間や空間と切り離されたバーチュアルな場に置かれては何の意味もなさないし、そこにいくら情報があっても身体は混乱するばかりです。

同じ時間に同じ番組をみるというかつてのテレビや、同じ時間でコミュニケーションを行う電話がもっている時間の縛りも失えば、情報は人間が意識の外で感知しているような身体的な情報をことごとく欠くものとなってしまうでしょう。そして、その情報に接すれば接するほど身体は世界から切り離されたように感じても不思議はありません。

生きる力としてものづくり

いまや直接自分の身体で物事と向き合うということが減っている。普段の生活でも自分が直接向き合うのは、せいぜい自分以外の人間くらいで、生活のほとんどが人間関係になってしまっています。さらにその人間関係さえも避けてしまっている人もいるでしょう。
そうした生活のなかで人間はどんどん肉体で直接物事と向き合い感じとるという生きる力を失ってしまっているのではないかと思います。



作家にとって、素材と向き合うことはどのように生きるかを選ぶことと同じだ。それほどに大きく深い。考えないでつくることも大切だが、感じとることにも意味がある。
五十嵐威暢『あそぶ、つくる、くらす』

自分の身体を使って直接に感じとったものに従って仕事をすること。そこからは「あそぶ、つくる、くらす」がバラバラに分業化される以前の、作り手のプライドが生まれてくるのではないかと思います。

柳宗悦さんの『手仕事の日本』や白洲正子さんの『日本のたくみ』で描かれたような職人のプライドとそれに裏打ちされた物の品質、そして、田中優子さんが『カムイ伝講義』で、宮本常一さんが『忘れられた日本人』でそれぞれ描き出したような、農民をはじめとするかつての日本人の生活と一体となった仕事への意欲や勤勉さは、まさにこの「あそぶ、つくる、くらす」が連帯しバラバラになる前の世界でこそ可能であったのではないかと思います。

近代というのはこうした人間の身体感覚をろくに考慮もせずに、機械化や社会のしくみのシステム化をあまりに拙速に進めてしまったのでしょう。そんなことをあらためて考えさせてくれる一冊でした。



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