それは次のような一文です。
吾々はもっと日本を見直さねばなりません。それも具体的な形のあるものを通して、日本の姿を見守らねばなりません。そうしてこのことはやがて吾々に正しい自信を呼び醒ましてくれるでありましょう。
物を通して日本の姿を見る。物が人びとの生活を反映する。昨日紹介したなかにも「一国の文化はその国民の日々の生活に最もよく反映されます」との一文がありました。
すこし前に「自分の好みを知るということが結局自分を知ることなんだと思う」というエントリーも書きましたが、物の好みを知ることが自分自身を知ることであるように、物を見ることそのものが日本の文化の有り様を理解することになるのでしょう。
物そのものへ自らの感性を通じて直接ぶつかることが大事
けれど、実際はこれほど多くの物が生活のなかにあふれているにも関わらず、ほとんどの人が自分の生活を取り囲む物にちゃんと目を向けていないのではないかと感じます。物をじかに見る目を持たず、他人の評価やマーケティング情報を介してしか物を知ることができなくなっている。自分の眼で見て、自分で使って評価するということができなくなっている。知識ばかりに頼って、自分自身の生活そのものを織り成す物にきちんと目を向け、そこから何かを感じとろうとしていません。
柳宗悦さんの別の本『茶と美』にも次のような一文があります。
私が特に注意を促したいのは、美を対象とする限りは、「こと」の側から論じるよりも、「もの」にじかに触れることがいかに緊要であるかということ、次には「知る力」よりも「観る力」がいかに一層重要な決定力を有つかということである。柳宗悦『茶と美』
「こと」を論じるよりも「もの」に触れる。「知る」よりも「観る」ことを大事にする。
これは僕自身、最近すごく感じていることでもありました。触れること、観ることを通じた感受性や直観の力を養うことの重要性は「頭で考えるのではなく、身体で直観する」や「感受性と行動力」などのエントリーでも書いてきたとおり。何かしらのメディアを通した情報にではなく、物そのものへ自らの感性を通じて直接ぶつかってみることが大事です。
知る前に観る
また、それは「生活のなかで養われる物を見る眼」でも書いたとおりで、その物を見る眼は、実際に生活のなかで大事に愛着をもって物を使うことでさらに磨かれていくものだと感じています。「手ずれ」とか、「使いこみ」とか、「なれ」とか、これがいかに器を美しくしたであろう。作りたての器は、まだ人の愛を受けておらぬ。まだ務めをも果たしておらぬ。それ故その姿はまだ充分に美しくない。
使うことで見る目は養われ、使い捨てを前提にするのではなく長く用いられることを前提に作られた良き品物であれば使われることで物自体が魅力を増していくでしょう(「どうせ持つなら長く使えるものを」参照)。
「美を観る」ことは「美を知る」前に行われなければならない。柳宗悦『茶と美』
知る前に観る。まさにそうだと思います。出来合いの情報から知るのではなく、自分が観て触れるなかで感じたことを情報化していくことを大事にしなくてはいけません。
「わからない」ことを恐れて感じることを回避してしまいがち
しかし、いまではこれが逆になっています。観るよりも前に知ろうとする人が多い。下手をすれば知るだけで満足してしまい、実際に観ない人もいる。「わからない」ことを恐れて自分で感じることを避けてしまいがちです。そうした中で物が見失われていく。生活が見失われる。自分自身や日本という国やその文化が見失われてしまう。血の通った感情はそれらから切り離され、血の通わぬ言葉だけが、物や生活や自分自身や日本や文化のうわべを飾るようになる。
「デザインとは生活文化をつくる仕事」。いや、デザイン云々だけの話ではないでしょう。自分たち自身の感性や生活や文化そのものがただの情報と化してしまっているのだから。
物を生活から切り離して見ても仕方がない。美は「用の美」であって常にそれは実用とつながっていて、そうであるがゆえに文化に反映される。物が生活をつくり、生活が文化をつくる。そのためには僕らひとりひとりがこだわりをもって物に対峙する目を養う必要があるはずです。
仕事のため、金のためだけに物を作っているようではお話になりません。金でしか物を評価できないとしたら、もはや人間というより機械です。そこから抜け出すためには、日々の生活をどう過ごすかということから見直していくしかありません。自分たちの生活を、自分自身の文化を、自分の目の前にある物を評価するのになぜ自分の目よりも他人の知識に頼るのでしょう。僕はいま意識的に「知る力」よりも「観る力」を大事にする必要があるのではないでしょうか。
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- 自分の好みを知るということが結局自分を知ることなんだと思う
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- 生活のなかで養われる物を見る眼
この記事へのコメント
川瀬 忠
ありがとうございます。