すべての現象のなかに自己を証かす

自分の好みを知るということが結局自分を知ることなんだと思う」や「頭で考えるのではなく、身体で直観する」で、いろいろと書いてみたものの、結局のところ、「自分を知る」ということなのかもしれない。



様々な現象のなかで様々なものを感じ取っている自分を現象の只中において知るということなのだろう。

自我によってすべてを認識しようとするのが迷いなのだ、諸々の現象のなかに自我の在りようを認識するのが覚りである。
道元(石井恭二訳)『現代文訳 正法眼蔵1』

僕が「直観」と呼んだのは、道元のいう「覚り」に近いものなんだろうと感じます。ただ単に感じたままの感覚を「直観」と呼ぶのではなく、自分も含めてあるがままの現象とその現象を感じとっている過去にも未来にもつながった自分を認識することを僕は「直観」と呼びたい。

自己とはもろもろの事物のなかに在ってはじめてその存在を知るもの

『デザインの生態学―新しいデザインの教科書』のなかで深澤直人さんが、自分も昔は自分の身体の外側、自分をさておいたものを環境と考えていたが、後になって自分も他人もすべてを含む入れ子状態のものを環境と定義するようになったと言っていました。
世阿弥の「離見の見」(見所より見るところの風姿はわが離見なり。わが眼の見るところは我見なり『花鏡』)にも通じます。

自己とは何かを問うのは、自己を忘れることである、答えを自己のなかに求めないことだ。すべての現象のなかに自己を証かすのだ。自己とはもろもろの事物のなかに在ってはじめてその存在を知るものである。
道元(石井恭二訳)『現代文訳 正法眼蔵1』

自分の好みを知るということが結局自分を知ることなんだと思う」で書いた「自分の好みが自分を明らかにする」というのもそういう意味。自分が何を好むかを知ることは、まさに道元のいう「もろもろの事物のなかに在ってはじめてその存在を知る」ということなんだと思います。本来、「好み」とはそうしたことを呼ぶのだと考えます。

他力道

自己をそうした様々な現象のうちに在るものとして見ると、実は自分自身が何かを作ること、何かを考え出すことというのも、所詮はもろもろの現象が織り成す環境のうちで、自分以外の事物も含めた自己が作りだしているのだと認識することができるようになる。

自然は工藝をして民衆の手に成就せしめるために、最も平易な道を準備している。そうしてこれに依存する者に向かって、自然は必ず美を約束する。しかもこの約束にかつて異変はない。もしこの誓いがないなら、民藝は全く不可能である。私は仏教で言い慣らされた言葉を借りて、かかる福音を「他力道」と呼ぼう。

柳宗悦さんは、自然の力を借りた「他力本願」にこそ、工藝の道を見いだしています。考えて考えて複雑な工程をとるのではなく、自然の力を借りた単純で平易な道にこそ、民藝の美は成立すると考えます。

素材に問い、素材から啓示を受ける

そして、柳さんは、民藝はかつて自然の力を借りたがゆえに、その土地ごとに魅力ある質の良い品物を生んできたのだと考えます。

さてこういうような様々な品物が出来る原因を考えてみますと、二つの大きな基礎があることに気附かれます。一つは自然であり、一つは歴史であります。自然というのは神が仕組む天与のものであり、歴史というのは人間が開発した努力の跡であります、どんなものも自然と人間との交わりから生み出されて行きます。
柳宗悦『手仕事の日本』

これは白洲正子さんが『かくれ里』において「彼らは自分の生活を支えてくれる石や木を神と崇め、素材に問い、素材から啓示を受けた。そういう心を失って以来、別の言葉でいえば、素材が単なる材料と化した時、彼らの技術も低下したのである」と書いているのにも通じるでしょう。

結局のところ、自分を含めた環境そのものを崇め、それに問い、それに啓示を受けることによって、良い物というのは生まれてくるのではないかという気がしてなりません。あまりに流れの早い毎日に振り回されてじっくりと直観する時間を持てなくなった現代はそのせいでどっぷりと迷いのなかに沈む込み覚りのスピードを失ってしまっている。

そこから抜け出すためには「諸々の現象のなかに自我の在りようを認識する」ための努力をもっとしていかなくてはならないでしょう。僕らはあまりに自分自身をさておいた形で、ものづくりや思考をしてしまっているのです。

というわけで、すこし瞑想でもして寝ます。おやすみなさい。

   

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この記事へのコメント

  • はぎわら

    はじめまして。こんにちは

    不意に「ポール・ランド、デザインの授業」に書かれていた
    "Design is a relationship between form and content."(デザインとは関係である。形と中身との関係だ。)
    という言葉を思い出しました。

    そして、引用もされている柳宗悦、深澤直人、原研哉らの言葉。
    言及されている本を私もいくつか読んでいましたが、これまではそれぞれ別個になるほどと頷いたり、考えたりしていただけでした。
    しかし、一連のポストを拝見して、まだ明確ではないものの何らかの繋がりが見えたと言いますか、デザイン等についてこれまで考え思っていたことが、ストンと腑に落ちた気がしました。
    ありがとうございます。


    Web、デザインだけでなく、民藝、仏教、歴史など興味・関心の分野が重なるところも多く、更に広がりを持ってらっしゃるので、いつも色々と参考にさせて頂いてます。
    これからも楽しみにしています。
    2009年02月07日 05:40
  • tanahashi

    >はぎわらさん、

    コメントありがとうございます。
    関係を見出すこと、つながりを見つけて明示すること。
    それがデザインであり、編集なんでしょうね。
    何より人と人をつなげる、人と世界や歴史とをつなげていくことでしょうか。

    これからもよろしくお願いします。
    2009年02月07日 06:41

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