もちろん、ここでいう「デザイン」は、ある問題を発見して解決するためのプランを考え実現させることをいう。なので、決して狭義のデザイナーのことではありません。
で、そういう意味での「デザイン」をする人にとって必要な能力をまず、ザクッと分類すると以下の4つに分けられるのではないか、と思います。
- 知る・感じる・疑問に思う
- 解釈する・発想する・組み立てる
- 具体化する・検証する・洗練させる
- 仕事をはじめ、終わらせる
どれもデザインをする上では欠かせない。
というわけで、ひとつひとつ整理していくことにします。
知る・感じる・疑問に思う
スタート地点はやっぱり、疑問をもつこと、好奇心をもつことだと思います。問題を発見し、問題を正しく定義するためには、それが必要。
デザインするためには、問題を創造的に解決するための発想のひらめきが必要です。
発想するためにはまずそのための場所を空けなくてはならない。すべてが解決済みでは新しい発想は必要ない。発想するためには何より発想が必要な場所を見つけることが肝要です。それには当たり前と思っている物事をいったんカッコに入れて疑ってみることが必要です。
疑問は自然と湧いてくるものではない。意識して疑問をつくりあげることが必要。問題が外から与えられるのを待っているような人は、僕は本当の意味でデザインする人とはいわないと思います。
ありきたりの日常の光景に疑問をもち、そこに意味のある問題を発見するためには、できるだけ多くの知識のアーカイブが必要です。それもできれば経験的な知識が多ければ多いほどよい。
勘違い人が多いように思いますが、知識があるから疑問をもつことができるのです。知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なのです。
知識が多ければ多いほど、わからないことは多くなるんですね。
原研哉さんは『デザインのデザイン』のなかで「むしろ知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することにつながる」と言っています。わかっているものなかに「わからない」何かを見つける目を持つことで、小さな疑問にこだわることができるようになる。ある問題と別の問題の違いを見分けられるようになるから、どんどん新しい問題が解決できるようになる。
問題が見つけられなければデザインははじまらない。その意味で問題を見つけるための知識の取得には貪欲であるほどよい。
何を知ればよいか?
以下の3つに関しては、知らなくてはいけません。知ろうとする好奇心をもたなくてはいけないと思う。
- 利用者を知る
- 誰がなぜ、何の目的で、どのように使うのか。これを基本として、使う人の知識レベルや嗜好性などについて理解する。また、使う人の利用行動に影響を与える人にはどんな人がいて、どんな影響を与えるのか。利用者はその人とどんなコミュニケーションをとるのかなども知っておく必要がある。そして、もちろん、人間一般の性質や地域やコミュニティに紐づいた傾向なども知る必要があるでしょう。
- 物を知る
- 物を知らない人にデザインはできないと思う。物の善し悪しがわからなければ、物の形や動きを決める際に細かいディテールにこだわって適切な形や動きを選択することができません。また、物の歴史を知らなくては、デザイン案の幅が広がらず、狭く閉じた範囲でしか解決策の検討ができない。素材や技術に関してもこだわりがあったほうがよい。何よりそうしたことを自分の身で理解していることが大事だと思います。
- 利用環境を知る
- 利用者と物が出会う場所、製品が実際に使われる環境についても理解しておくことが必要です。物理的な環境(時間、空間)だけでなく、それが使われる場の生活文化、組織文化についても把握しておかなくてはならない。その文化において物がどのように評価されるか、期待される品質はどういったものか。そもそもなぜその場において問題は生じているのか、など。利用環境が理解できていなければ、これからデザインしようとするものがどんな風に利用されるのかを具体的なイメージとして描くことができないでしょう。
こうしたことを知るためには、自分で経験することも大事だし、たくさん本などを読んで知識を蓄えることも大事。それに人びとの実際の生活を知るためには、実際に自分の眼でみて観察する調査をすることも必要でしょう。多木陽介さんが『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』で紹介しているように、デザイナー兼建築家であったカスティリオーニはデザインを学ぶ人々に「人々の当たり前な身振りや慣習順応的態度、人が気にもとめないようなフォルムを批評的な目を持って観察することを学びなさい」と言っていたといいます。
こうした知識の習得は単純に事実を知るというのが目的ではありません。あくまで目的はデザインすることなのですから、そのための問題発見や解決方法を考える上での材料として必要なのです。
知識は答えではありません。デザインを組み立てていくための素材なのです。
解釈する・発想する・組み立てる
問題の構造を正しく把握でき、それを解決するための素材もなんとなく一通り集められたと感じたら、次は具体的に問題を解決する方法を考え、組み立てていくことになるでしょう。この場合、問題解決策としてのデザイン案は動きのなかで、利用状況の文脈のなかで、編み上げていかなくてはなりません。動きから切り離されたデザイン、文脈から離れたデザインではいけない。シナリオを使ったデザインコンセプトの作成や、デザインのディテールを検討する方法が注目されているのは、動きのなか、文脈のなかでデザインを検討することを可能にしてくれるからだと思います。
シナリオは多くの場合、テキストで物語風に書くか、ストーリーボードのようなマンガ風・絵コンテ風に書くかのいずれかだと思いますが、イメージとしては、映画を撮るのに近いんだと思います。映画として絵になるくらい、利用者と製品の相互作用、そして、その相互作用が起こる場のイメージが具体的に見えているか。そうした中で物に求められる要件、そして、個々のディテールの形や振る舞いというのが決まってくる。
シナリオを考える際には、こんな点に注意する必要がある。
- エコシステムとして捉える
- 利用者、物、環境は大きなエコシステム(生態系)のなかにあるものとしてイメージする必要があると思います。物がひとつ増えれば、文化のなかのシステム全体は変化する(まさに、この意味において、ものづくりをする職能民に畏怖と賤視の目が向けられたと理解しなくてはいけません)。人は何かを手に入れればまた別のものが欲しくなるし、新しい知識はまた別の知識を要求する。将棋ではありませんが、そうした数手先のことを考えてシナリオ全体を描いていくことが大事。
- 要件のモレはないか
- シナリオを描くのはデザインの要件を抽出するためです。であれば、シナリオには要件がモレなく描き出されていなくてはなりません。それは大きな意味での機能やデータの要件を抽出する際でもそうですし、よりディテールに寄ったレイアウト、ラベルの表現、データの並び順、色彩や要素の大きさなどを検討することができるかどうかがシナリオがきちんと書けたかどうかの判断基準となります。
- 利用者の動きをシミュレートできているか
- シナリオは利用者の行動、そして、心の動きをシミュレートしたものであるはずです。そうなっているかどうかは、実際にシナリオで描いたシーンをプロトタイプなどを使いながら実際にシミュレーションして演じてみることも必要です。実際に演じてみて、はじめてシナリオに描いたことのおかしさに気づくこともある。
シナリオやシミュレーションを通じてデザインのイメージ、利用シーンのイメージを固めていく。それと同時に要件の定義~要素の抽出~要素の構造化・関係性の定義も進めていきます。要素をきちんと構造化し、関係性を定義するスキルもデザインには必要です。
具体化する・検証する・洗練させる
構造化・関係性の定義ができた要素を、より具体的な物の形・振る舞いへと具体化していく。ここからはまさにトライアンドエラーをどれだけ反復的に行えるかが勝負ではないでしょうか。もちろんトライアンドエラーを効率的に行うためには、物をどれだけ知っているか、また物の微妙な違いにどれだけこだわりをもって検討し、判断していくことができるかということが必要でしょう。それから具体化する段階に入れば、それを具体化する技術をもったより多くの人との連携作業が必要になるでしょう。そこでいっしょに作業を進める人と互いに敬意を払いながら、議論を重ね、デザインをブラッシュアップし、精緻化していけるかといったスキルも必要になってくる。
あるいはまた、作成したデザイン案が実際の利用者の要求に応えたものになっているかを検証するスキルも必要でしょう。テスティングを行い、デザイン案の問題点を抽出し、それに適切な改善案を導き出す。そうしたトライアンドエラーの作業を効率的かつ効果的に積み重ねていく。そうした段取りをうまく行うことも必要になるでしょう。
- 普段から物を見る目を養っておく
- 違いがわからなければ、違いをデザインすることはできません。カスティリオーニは、自分のデザインスタジオに世界中で集めたいろんなものをガラスケースのなかに蒐集していて、ヒマさえあればそれらをいじくりまわして、その形に潜む人間の振る舞いを探っていたそうです。同じくイタリアのデザイナーでありデザイン教育者でもあったブルーノ・ムナーリは『モノからモノが生まれる』のなかで「今日なお多くのデザイナーが、見た目ばかりを気にして設計し、美しいものだけを作ろうと腐心している。彼らは、完成品の感触が悪かったり、重すぎたり、軽すぎたりしても気にしない」と書いています。こうなっちゃいけません。自分で触れてみる、持ってみる、使ってみるなかでデザインのブラッシュアップを行っていく必要があるでしょう。そして、そうしてプロトタイプをいじくりまわす際に、物の善し悪しを判断する目を事前に養っておかなくてはブラッシュアップそのものができません。
- 視点を変えて検討する
- ディテールばかり気にして全体が見えなくなってはいけない。物だけを個別に見て、それが利用者の生活に入り込み、利用者の行動と一体化するシーンを見失ってはいけません。デザイン案をいろんな距離・角度から視て、包括的に捉える自由な視点の移動ができるかどうかはデザインをする上で大事なスキルだと思います。手っ取り早いのはひとりの眼で見るのではなく、いろんな人の眼で見てもらうことです。もちろん、その結果を再度統合できなくてはいけませんが。
- とにかくいじくりまわす
- とにかく具体的なプロトタイプをたくさん作っていじくりまわすことが大事だと思います。動きのなかでデザインを検討するには実際に触れるものを作ることです。もちろん、最初から凝ったものはできませんので、機能的な動きは「オズの魔法使い」のような方法で、人が代行してもいい。とにかく動きのなかで検討することをできるだけ早い段階で数多くこなせるようスケジュールを作成しておくことです。
どんなにいろんな調査を経て、すばらしいコンセプトがまとまり、要件が明確になっていたとしても、結局、最後はそれをより具体的な形に落とし込めるか、その具体的な物が利用者の要求を満たし、利用者に満足を与えるものにできるかが、デザインの善し悪しを左右します。ここにこだわれるかどうか。それが一番大事なポイントでしょう。
仕事をはじめ、終わらせる
最後のポイントは、これはもう当たり前のことですが、デザインの作業をきちんとはじめて、きちんと終わらせることができるかです。- プロジェクトの計画案をきちんと定義できる
- 異なる部門間や外部の関係者も含めた協働作業ができる
- デザインする場、協働作業を行う場のマネジメントができる、演出ができる
- 関係者に対して自分の考えを伝え、他人の考えを聞くコミュニケーションができる
- 安易に妥協せず、こだわりをもって最後まで仕事をやりとおせる
- 積極的にチャレンジする精神をもって仕事に立ち向かう
当たり前のことなんですけど、意外とこれができない。これができないから、今まで書いてきた他の3つのポイントも結局おろそかになってしまう。
なので、基盤となるこれらが意外と大事なんですね。
といった感じで、ざっくりとまとめてみましたが、いかがでしょう。
当然、このすべてをひとりでこなせる人はいません。なので、デザインするという作業は必然的に協働作業になるわけで、その意味でもいろんな人との協働作業に積極的に参与することが個々人に最低限求められるものになるでしょう。
自分でこうあればいいだろうと思ったことを書いたので偏りはありますね。とりあえず思いつきで挙げてみたのでモレもあるでしょう。そのヘンは気がついたときに補足することにします。
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この記事へのコメント
iPhoner
解釈する・発想する・組み立てる
この
フェーズが一番大事だと思います。これさえできればあとはその脳内イメージを書き出すだけですしね。