2009年01月20日

華厳の思想/鎌田茂雄

華厳経の中心仏は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)。毘盧遮那はサンスクリット語の「ヴァイローチャナ」の音訳だそうです。訳すと「光明遍照」、無限の光が遍く照らしだす。そんな太陽の輝きのイメージをもっているのがは毘盧遮那仏です。宇宙の真理をすべての人に照らし、悟りに導く仏とされています。ちなみに、真言密教における大日如来は摩訶毘盧遮那仏(マハー・ヴァイローチャナ)で、マハーはスーパー、さらに偉大なという意味。つまり大日如来は超毘盧遮那仏なんですね。

毘盧遮那仏は、もっとイメージしやすいようにいえば東大寺の大仏がそう。あの奈良の鹿たちが住まう奈良公園にある東大寺の大仏。
東大寺は現在も華厳宗の総本山です。



大仏建立というナショナル・プロジェクト

聖武天皇の発願により造られた東大寺盧舎那仏像は、松岡正剛さんの『連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く』によると、全国各地60箇所に建てられた国分寺・国分尼寺とネットワークされたホストマシンとして作られたそうです。東大寺を総国分寺として、共通ソフトとしての『法華経』などを通じて全国の国分寺・国分尼寺と情報ネットワークを構築したのが8世紀の大仏建立というナショナル・プロジェクト。604年に聖徳太子が『十七条憲法』で「三宝(仏・法・僧)を敬え」と仏教システムのガバナンスを表明したことに続き、より具体的な国家規模の鎮護システムを設計・開発したのが、東大寺をホストマシンとした国分寺ネットワークの構築でした。

国家的な情報ネットワークに関するプロジェクトとしては現代などとは比べられないほど、統制されたものだったんですね。しかも、ハードとソフトがきちんと連携するよう設計されてます。ハード、インフラだけ整備して、ソフト、コンテンツがないなんて馬鹿なことはしない。そういう意味でも、昔の日本のほうが情報システムの設計に長けていたんじゃないかな、なんて思います。

こういう規模のプロジェクトをひっぱれるリーダーシップも、その根幹となる思想もいまの日本にはないですよね。いやいや、もっと規模が小さなプロジェクトでさえ、リーダーシップや思想の欠如が目立つくらいですし。
システム全体を包括的に設計できなくて、目先の小さなパーツにしか目がいかないし、次のパーツに目が移ったときにはもう前のパーツのことは忘れてしまってたりします。何も統合されない。極度にシステム思考が欠如した状態です。一方に感性的発想をおいて、もう一方にシステム的思考を駆動させるという芸当が苦手すぎる。なので、ちょっとしたインタラクションのデザインをするにもシステム的発想ができない。このあたりはもうちょっとシステム的センスを養う必要がありますよね。

だいたい、情報システムというとITのことだと思ってるふしがありますよね。大仏も国分寺ネットワークも情報システムだったことがわかっていないんですね(「日本数寄/松岡正剛」参照)。しかも、それが文字や仏像、建築をメディアに新しい仏教という思想をソフトにしたマルチメディアによる情報システムであったことも理解できていなかったりするのは、よほどセンスが欠けているか、理解するのが面倒かのどちらかではないでしょうか。
ちょっと話が脱線しました。戻します。

華厳という情報システム

華厳経にはどうもこういった巨大な情報システムのイメージがつきまといます。

『華厳経』でいちばん多く説かれるのは、微塵のなかに大きな世界が全部入り込んでしまうのだという考え方で、これが根底にある。簡単にいうと「一即多・多即一」、これが『華厳経』で説かれるいちばん根本的な考え方である。
鎌田茂雄『華厳の思想』

この「微塵のなかに大きな世界が全部入り込んでしまう」「一即多・多即一」の思想が、奈良の大仏が座っている台座の蓮弁にも表現されていて、蓮弁の一枚一枚に仏教的世界がひとつずつ描かれていて、その全体で華厳的な三千大千世界が表現されているそうです。この三千大千世界がまた巨大なネットワークを想起させます。

実際にそれはネットワーク=網のイメージで表現されていて、毘盧遮那が帝釈天につくらせた宝網である因陀羅網は、「結び目にある珠玉が互いに相映じ、映じた珠がまた映じ合って無限に映じる関係でもって、華厳の重々無尽を説明する」のだといいます。英語では、これをパール・ネットワークという。

因陀羅網はライプニッツのモナドロジー(単子論)とも似ていますが、モナドロジーがひとつのモナドのなかに全世界が入っていると考えるのに対し、華厳の思想ではあらゆるものに世界のあらゆるものが入っていると考えます。それが「此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事」でも書いた華厳の事事無礙法界(じじむげほっかい)のイメージです。個のなかに普遍が入り、普遍のなかにも個がある。

『荘子』の「斉物論」と華厳

こうしたきわめて視野の大きな思想は、もともと中国にあった、宇宙的視野から人間を考える『荘子』の「斉物論」は万物一体を説く思想とインド的思惟の典型である『華厳経』の思想とを、中国の華厳宗が結実させたものだといいます。

荘子の「斉物論」を見ると、是非の対立を、言葉や論争においておこなうならば、対立はさらに対立を生み、無限に闘争が続き、精神は消耗するのみであるという。人間が是非をあげつらうことをやめ、魂の安らぎを求めようとするならば、議論や争いによる解決を捨てて、絶対の一としての「天倪」にまかせなければならないという。
鎌田茂雄『華厳の思想』

天倪(てんげい)とは、絶対の一であり、道そのものであるそうです。
「生と死、可と不可、是と非の対立も、それはたがいに相因り、相待って成立する相対的な概念にほかならず、一切の矛盾の対立こそ、そのまま世界の実相」なのだという。まさに矛盾も含めて、すべてがそこに入っている
昨日紹介した『無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和』でも網野善彦さんが、原−無縁ともいえる古代の無所有状態から、所有も無所有も生じてきたと書いていたことにも通じるなと思います。所有も無所有も幻想で、結局、それは原−無縁をみる二つの異なる相でしかなく、それは本来は不二であると。

「ちがう」という時代に「同じ」をさぐる!」で僕は論の衝突を解決する方法として西洋的な弁証法と東洋的な不二の方法があると書きましたが、荘子の「天倪」はまさに絶対の一としての不二です。
それが華厳経の「一即多・多即一」の思想に連動する。矛盾を解消して大きな一への統一を目指す西洋的一神教的な考え方に対して、東洋では多神教的に矛盾を抱えたままの対立した相をそのまま不二の一とみる。光が粒子であると同時に波であるというイメージに近い。悩みや迷いがあってもそれを解消しようとするのではなく、悩みや迷いがあることをそのまま認める姿勢をとります。仏と衆生は同じで、仏が迷うと衆生となり、衆生が悟ると仏になるそうです。

華厳の思想

仏教については、僕自身、前に、松岡正剛さんの『空海の夢』『外は、良寛。』、玄侑宗久さんの『現代語訳 般若心経』といった本を読んだことがあるくらいで、何もわからないド素人です。
この本を読んだのは、すこしは仏教についても知っておきたいなという思いもあって、松岡さんの『連塾・方法日本1 神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く』に、禅の鈴木大拙さんが晩年ほとんど華厳のことばかりを言って亡くなったことに気づいた仏教学者であり、華厳の世界観に関心をもっていたデイヴィッド・ボームやフリッチョフ・カプラのような西洋の科学者に関心を持っていた仏教学者として、この本の著者である鎌田茂雄が紹介されていて興味をもったからでした。

それにしても「華厳の思想」とはよくいったものだなと、この本を読んで感じました。華厳経というのは、宗教というより思想です。なのでキリスト教なんかよりは、ギリシア哲学なんかに近い。
思想として確立された中国の華厳は、日本において思想というよりも密教の行法のなかに生かされたといいます。

空海は日本人離れした組織力と直観力に長じ、十住心の哲学体系において華厳を第九に置き、密教を第十住心に据えたのであった。哲学としての華厳は密教的行法の理論づけに利用されたのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

日本において思想としての華厳はより実践的な密教の行法に変換された。さらに新羅の華厳を吸収した高山寺派の明恵上人は華厳と密教を融合させながら樹上で座禅を組みました。明恵の場合も思想よりも実践を重視したのです。

思想から精神へ

さらに中国においては巨大な視野をもった情報システム論的な思想であった華厳は、日本に受容されるなかで、「小さきものはみなうつくし」といった『枕草子』に代表される日本人の自然観に定着し、思想から民族的精神に変換されていきました。

名もなきもの、微小なるもののなかに無限なるもの、偉大なるものが宿っているという「一即多」の思想は、日本人の生活感情にもぴったりするものがあった。野に咲く一輪のスミレの花のなかに大いなる自然の生命を感得することができるのは、日本人の直観力による。華道や茶道の理念にもこの精神は生きているのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

この本を読んでも華厳経のことは僕にはよくわかりません。仏教のこともわかったとはいえません。

でも、中身はわからないまでも、華厳経あるいは華厳宗というものがどのようにして中国で形を成し、それが韓国や日本でどう展開されたのかという流れや、『華厳経』とそのほかの『法華経』『般若経』との関係はなんとなくつかめた感じです。それと同時に、かつてはナショナル・プロジェクトとして推進され、密教や禅を通じ、また日本人の自然観とも一体となった華厳の思想をはじめとする仏教が、いま見事なまでに現代の生活から捨象されていることにあらためて驚きを感じました

宗教だからよくわからないなんてことをよくわかりもせずにいう前に、華厳が宗教というより思想であったという認識も含めて、これはもうすこしちゃんと仏教についても考えないとだめだなと思います。このことに限らず、日本人は過去の日本のことを忘れすぎてますね。不勉強、怠惰にもほどがあります。そんな状態だから海外に対して日本を説明するアカウンタビリティを満足に果たすことができないんでしょうね。もっとがんばらないと。



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タグ:華厳 仏教 思想
posted by HIROKI tanahashi at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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