此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事

"ほんもの"の生活?」の続きとして。

物を物としてだけ見るのはそれほどむずかしくありません。他人の物、それも見ず知らずの人の物を、単なる物として割り切るのは容易いことです。他人の物を、単なる物だと割り切って作るなら、ものづくりはだいぶ簡単になる。それは単に機能を満たせばいいし、多少は好みを考慮したものにすればいい。

ただ、自分の物だとそうもいかないことがあります。大切な人からもらった物、長年使って愛着が染み込んだ物、そうした物は果たして単なる物なのか。そうした物を、同じ型の新しい物と取り換えてあげるといわれて素直に「うん」といえるかといえば、いえる場合もあればそうでない場合もあるでしょう。古くなっても捨てられなくなることもあります。

"ほんもの"の生活?」で紹介したカスティリオーニの家の話も、奥さんの長年の思い出が染み込んだ家をどう改装するか、カスティリオーニが非常に繊細な配慮でリデザインを行ったことで奥さんの満足も得られたという話でした。

事事無礙法界

物に宿るのは、個人の思い出ばかりではありません。古い樹には神が宿ることもあります。日本では古代、ものは"物"であり"霊"でした。もののけ姫のもののけは"物の気"であり"霊の気"でした。



華厳思想には、ものの世界と真理の世界との関係を説いた四種法界という教えがあるといいます。その四種の法界のうちのひとつに事事無礙法界(じじむげほっかい)があるそうです。事事無礙法界は、現象世界のなかの個物と個物の関係を説いたものですが、これが単純な物と物の関係ではないんですね。

庭園に山から切り出した石を持ってくる。山にあるときにはたんなる石だが、それを切り取って石屋さんが持ってくる。それをだれかが購入し、庭に置く。その石には無限の霊(意志)が付着してくるわけである。これを石屋さんが高く売れると思って持ってくる、だれかがいい石だと思って買う、毎日見ているうちに石にだんだん愛着を感じる。買って、塀のなかへ放っておいて、また高く売れたら売ろうなんてやっているとそれきりだが、毎日見ていると心がそこに乗り移っていき、石もかわいいなという気になり、石が動いているように見える。ときどき石が笑っていると感じたりする。これは事事無礙法界の出来(しゅったい)なのである。
鎌田茂雄『華厳の思想』

事事無礙法界における物と物の関係は、こんな風に物と人が愛着などを通じて、ひとつにつながっていくことを指しています。石は人であり、人が石になるんですね。

とうぜん、そこに仏との関係も入ってくる。石が人、人が石であるだけでなく、石が仏にもなるし、人が仏にもなる。一即多、多即一というのは華厳思想でキーとなるコンセプトのひとつ「融通無礙」の考え方です。
そうした中国仏教の華厳の思想が、日本古来の山や木や石を神の依り代として捉えてきた自然観が重なり「山川草木悉皆成仏」という思想も生まれてくるわけです。

「とりあえず」使うもののデザインの終わり

そうした目でみると、物は単なる物ではないんですね。物は直接、人とつながってくる。物は人の過去・現在・未来を含むおもかげを映すようになり、また、自然の物同士が互いに互いを映しこむ。日本文化は古来、家屋にもそうした自然を映しこみ、自然の移ろいと無常の思想を重ねてきました。

物が過去のおもかげを宿すことができるから、人が物に過去のおもかげを重ね、自分自身を重ねることができるから、そこに文化が生じるのでしょう。エドワード・ホールが『かくれた次元』で指摘したような文化の違いも、人びとはそれぞれ異なる自然環境のもとに暮らし、それぞれ違う歴史を重ねているだから、そこに違いが生じるのはとうぜんといえるのかもしれません。

しかし、近代以降のものづくりは、そうした文化の違いも、個人の物への愛着も、物の霊性もすべて捨象して、物を単なる物へと格下げしてしまった感があります。

産業革命に由来するもの作りの最終目標は、世界の思想文化をフォーマルな機能主義デザインに委ねることだったのである。
橋本優子「第6章 プロダクトデザイン」
柏木博編・著『近代デザイン史』

もちろん、近代のものづくりも、柏木博さんが「近代デザインの出発は、誰もが他からの強制(力)を受けることなく、自らの生活様式を決定し、自由なデザインを使うことができるのだという前提を条件のひとつにしていた」と書いているように、最初はそれなりに偉大な理想(ユニバーサルデザイン)を有して当時の社会が抱えていた問題を解決しようと試みたものでした。
ただ、そうした理想も次第に忘れ去られてしまいます。

それは理想的生活や環境へのプロジェクトとしてあった。それらが忘れ去られた現在では、デザインは、「市場システム」のゲームとして展開されたり、あるいは、どうせ捨てられるものとして「とりあえず」使うものとしてデザインされている。
柏木博「おわりに モダニズムの展望」
柏木博編・著『近代デザイン史』

「どうせ捨てられる」「とりあえず使う」物に愛着を宿すのはちょっとつらい。企業は物を売りたいがために、人びとが物をとっかえひっかえする文化を作りたいのかもしれませんが、さすがもういいでしょという気分に社会全体がなってきているんじゃないでしょうか?

此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事

僕が民藝品に興味をもっていることは、前に「勤労・勤勉が可能な社会」ですこし書きましたが、昨日、松本民芸家具が気になって、ちょっとサイトを見てみましたが、これはだめだなと思いました。

だめだなと思ったのは価格じゃないんですね。そりゃ、価格もバタフライ卓とか一番小さいものでも340,000円もするので高いんですが、それよりもこの重厚さを受け止める環境がないなと思ったわけです。
価格に関しては、高いのは間違いないですが、自分だけが使うものと考えず、ずっと使い続けてもらうものと思えば高いから買わないということにはなりません。それよりもやっぱりこれに合う設え=室礼ができないという意味でだめだなと思ったわけです。民藝を自分の生活に取り入れるとしても、いまのところ、器などの小物に限らざるをえないなと感じました。



室町時代中期の茶人で、侘び茶の祖といわれる村田珠光(1423-1502)が弟子の古市播磨(ふるいちはりま)にあてた手紙「心の文」に、次のような一文があります。

此道の一大事ハ、和漢之さかいをまきらかす事、肝要肝要

当時の茶の湯で用いられたのは、中国の唐物。つまり海外ブランドの力が強かった。その時代に珠光が「和漢之さかいをまきらかす」といって、国焼、つまり国産品もいっしょに使おうと言い出した。

この言葉自体は前から知っていたんですけど、これは単に唐物と和物を並べればいいというわけにはいかないんだなと昨日、松本民芸家具について調べていくうちに感じたわけです。つまり松本民芸家具の重厚さを受け止める空間のイメージができなかったのと同じように、唐物を受け止めるだけの和物がないと「和漢之さかいをまきらかす」にならないはずだ、と。そうでなければ、バランスがとれなかったはずなんですね。
物は単なる物ではないから、実はただ並べればいいというわけじゃないんです。物理的なスペースに対して物理的な物を配置するだけでは、茶の湯の数寄は出てこない。事事無礙法界が出来(しゅったい)してこないんですね。だからこそ、「此道の一大事」なわけです。

おそらく、珠光がこう言い得たということはようやく和物にも唐物と並べてバランスがとれるだけのものができてきたのでしょう。時代が下れば、それこそ黄瀬戸や志野が作られるようになります。そこに武野紹鴎、千利休と連なる侘び茶が発展する基盤があったんだろうと思ったわけです。紹鴎好み、利休好みを受け止めるような器物が作れる技術が日本もようやく獲得することができたのでしょう。そこにひとつの日本の文化が花開いていく。

物と人、人の暮らしと技術、文化と経済をつなげる

なんとなく、いまって、こういうダイナミックさがいまって欠けているんじゃないかと思うんですね。物を作る技術、そして、物に愛着を感じる個々人の好み、そして、それを包含していく文化というのがひとつにつながっていかない。
それじゃあ、経済も元気を失うのはとうぜんなんじゃないかなと感じるんですね。物と人、人の暮らしと技術、文化と経済がつながっていかない、感性を欠いたいまのものづくり(そして、使う側の物使い)では、人びとにストレスを与えるばかりで、力の源泉にならないんじゃないかと。それこそ、事事無礙法界の出来(しゅったい)してこない。僕らは物を作る側としても、物を使う側としても「此道の一大事」をあまりに軽んじてきてしまったんでしょうね。

まずは一人ひとりが自分の暮らしと物の関係をもうすこし大事にしていかないといけないのでしょうし、デザインする側もそういうことをもっと提案していかないとちょっとつらいんじゃないでしょうか。文化的にも、経済的にも。
珠光や紹鴎、利休とはいわないまでも、それぞれが自分の数寄を作っていくことが大事かな、と。自分の好みを自分で受け止められないんじゃ話になりませんから。

  

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