"ほんもの"の生活?

「誰かの家のインテリアデザインをしようとしたら、施主がどんな人柄で、何人女がいて、何人子供がいて、どんな本を読む人で、人生に何を求めているかなど、その人となりのすべてを知らなければなりませんからね」

これがアキッレ・カスティリオーニが他人の家のインテリアをつくるのを「無理な話」という理由だそうです。



家というのは一挙にできるものではない

昨日、紹介した『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』にはこんな一文もある。

家というのは一挙にできるものではない。建築家がすべてつくって鍵を渡す瞬間が家の完成時ではない。家とは時間をかけて少しずつそこに住む人の人生とともにつくられていくべきものなのだ。

こんな考えをもっていたカスティリオーニだから住宅のインテリアデザインの仕事は非常にすくないそうです。そのすくない中のひとつが自宅の改装だそう。

カスティリオーニの自宅は奥さんのおじさんが手に入れた家だそうで、奥さんにとっては祖父や両親のことを思い出して悲しくなることもあったとか。それをカスティリオーニが昔の思い出も残しつつ、バスルーム以外のすべての部屋を移動させる大改造を行ったそうです。

「彼は、私の記憶を破壊しないようにポイントになる部分は残しながら全体を一新してくれました」

というのは、カスティリオーニの奥さんであるイルマ夫人の言葉。
「ポイントになる部分は残しながら」といいますが、これは長年いっしょに暮らした奥さんのことだからわかることですよね。まさに「その人となりのすべてを知らなければ」というカスティリオーニの言葉どおり。とても人間中心設計なんかじゃ、そんなことできません。

バルコニーを台所にする

「家とは時間をかけて少しずつそこに住む人の人生とともにつくられていくべきもの」といっても、いまの僕らってそんな風に自分の住む家のことを捉えられているのかな? 家ではなくて、もうすこし身近な家具や道具でもそんな風に自分の思い出と重ねられるほど大事に長い期間使えているのかなって感じます。

デザインする方ももちろんそう。カスティリオーニのように住む人、使う人の暮らしや人生を大切に考えたものづくりなんかできていないですよね。

ル・コルビュジェがパンジャブの首都チャンディガルに建てた大建築さえも、住めるようにするには変更を加えなければならなかった。インド人はコルビュジェのバルコニーを壁で囲って台所にしてしまったのだ!

おそらくいまのデザインって、このコルビュジェとおんなじようなことをやっているのだと思います。
でも、デザインを享受する側の僕らのほうも、インド人のような敏感さを持ち合わせてないから、バルコニーを台所に作り変えないだけ。その代わりに飽きたら引っ越す、飽きたら捨てる。

普通のデザイン

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居は、堪へ難き事なり。」というのは『徒然草』のなかの一文。

こうした変化の大きな四季をもつ日本の環境のなかで、日本の家は家自体が衣替えをしました。壁は可動式で、夏になれば風通しがよいよう、ふすまが外され、簾や御簾が吊るされた。

内田繁さんはこんな風に言っています。

日本のデザインは、折りたたむことのできることが基本です。季節や儀礼とともにものは出され、それらの終了とともに、即座にしまわれます。そうした瞬時、瞬間のものの移動によって、室内は鮮やかに変化します。そのためには日本の家にはものをしまうための「蔵」が必要でした。しまわれたものはいつか使われるときを待って、じっと蔵にこもり続けます。こもることによって、カミの呪力がものに与えられます。カミの呪力を与えられたものは、ふたたび出現したときには、いっそう輝くわけです。

そして、この季節や儀礼によって装いを変える家は、家のなかに様々な飾りや花を活けたりすることで自然を映しこんだものでした。内田さんはこんな風にも書く。

住空間から床の間がなくなってしまった現在、意識的に飾りの場所をつくらなくてはなりません。そこを日々お母さんが変化させていくときの振る舞いや、飾られたものは、子どもたちにかけがえのない刺激を与えているはずです。

自宅であった武相荘で、白洲正子さんはいつも庭の花を摘んで、気に入った器に活けていたそうです。「人間に自分に合った家が必要なように、花にも落着く場所が必要で、今の生け花がよくないのは、器のことをちっとも考えていないからね」といい、「人間が摘み取って、器に入れて、部屋に飾って、はじめて花に本当の命が吹き込まれるのだと思う」ともいいます。そうやって季節の一瞬の花の輝きを家のなかに取り込んでいたんですね。

"ほんもの"の生活

それを花を摘み取って、それで「花に本当の命が吹き込まれる」なんてのは人間のエゴだなんていうのは、現代人の勘違いなんだと思います。土橋寛さんが『日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで』で書いているように、古代より日本人は呪的イベントとしての花見や山見を通して花や山などの自然から生命力を得ていたのですから。

「私は花を活けると、嫌なことも吹っ飛んで元気になるの」という白洲正子さんの言葉はその意味で古来からの日本人の感覚を受け継いでいると考えたほうがよいのだろうなと思います。

古い農家を改造した葦葺きの家なら、家そのものが自然と一緒に呼吸しているようなものでしょう。
白洲正子「"ほんもの"とは何か」『白洲正子"ほんもの"の生活』



いまの時代における"ほんもの"の生活っていったい何なんでしょうね。いまはクーラーあるから、「暑き比(ころ)わろき」でも大丈夫だしねー。花見で生命力をもらわなくても栄養ドリンクあるし。
そんな時代にデザインがこれからそれを提案していくことってあるのでしょうか。いま、そして、これからデザインに関わっていく人に、カスティリオーニや白洲正子さんのような感覚が残っているのでしょうか。
カスティリオーニ=デザイン供給側、白洲正子さん=デザイン需要側ということで、つくる側、使う側両方が人の暮らしにどれだけ想像力と好奇心を働かせられるかという意味で。

   

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