UIだけiPhoneを超えるとおっしゃるんですか?

うーん。情報デザインフォーラムなどで普段ご一緒させていただく山崎さんも絡んでるので、あんまり否定的なことは書きたくないですが、いちお、自分の意見は示しておきます。

HCD-Netで「iPhoneに超えるには」というイベントがあります。

イベント自体は「iPhoneに超えるには」というテーマになっているようですが、内容をみるとなぜかUIのことばかりなのは大いに不満です。UIだけiPhoneを超えてどうするつもりなのでしょうか。ユーザーがiPhoneのUIだけを期待してiPhoneを使っていると考えているのでしょうか。それがHCDなんでしょうか。

僕がHCDをどう捉えているかは著書『ペルソナ作って、それからどうするの?』で「ウェブサイトでなく人びとの暮らしをデザインする」と書いているとおりで、あくまで人びとの暮らしや仕事のなかでの問題をどう解決するか、その具体的な解決策を提示することだと考えています。
iPhoneにしても、UIが他と違うなんていうのはおまけみたいなもので、これまでの携帯電話にはない体験を与えていることを何より評価しなくてはいけないと思っています。個人としてはiPhoneユーザーになるほど、その体験に魅力を感じていませんが、製品のデザインに関わる人間としてはそれは評価していいことだと思っています。

UIだけに特化するのはもったいない

それなのに、どうしてUIだけに注目して「iPhoneを超えるUIを作るには」という話になってしまうのでしょうか?

ハードウェアとソフトウェアのデザインを統合する」でも引用しましたが、僕はアラン・クーパーがいう「ソフトウェアとのインタラクションは透明にならなければならない」に大いに賛成で、ゲームやエンターテイメント色が強かったりブランドイメージを伝えるウェブサイトのUIを除けば、基本的に、UIはユーザーが目的の操作をすみやかに迷わず行えることを優先すべきで、UIは透明になってよいものだと思っています。もちろん、ノーマンが言っているようにUIの美的印象がユーザーに操作しやすい印象を与えるということもあるのでしょうけど、それ以前にユーザーは機器を操作したいわけではなく、自分の用を済ませようと思って機器を利用していることは忘れてはいけないと思います。

それが「iPhoneに超えるには」というテーマのイベントで、そのUIに関するテーマの講演ばかりというのはちょっとなーと感じてしまいました。そういう意味で実際に予定されている講演に問題があるというのではなくて、1つくらいはもうすこしビジネス視点で包括的にiPhoneを評価する内容のものがあってもよいかなとイベント全体の構成をちょっと残念に感じました。

デザインとは包括的に問題を解決できるところに素晴らしさがあるはずです。それは製品の企画や、その製品を使ったビジネス、あるいはそのビジネスが社会にもたらす価値も含めて問題にできる力を本来もっていると思っています。HCDという方法についてもそうだと考えます。
そうはいっても実際、企業の現場でそううまくはいかないことは重々承知してもいます。けれど、こういう啓蒙的な講演では、せめてもうすこし理想を追い求めるような視点もあってよいのではないかと感じたのでエントリーさせていただきました。

関係者の皆様、外野がえらそうなことを言ってるみたいでごめんなさい。イベントそのものの開催や各講演者の方々の講演それぞれにケチをつけているわけではないということはご理解ください。

P.S.
どうも僕が書いた稚拙な文章では、UIだけじゃなくて何があるのかがピンとこない人もいるようです。そこで補足情報。例えば、中島聡さんのこんなエントリーでも読んで考えてみてください。

→ Life is beautiful: iPhoneに対抗するデバイスを作るには何をすれば良いか

中島さんの著書『おもてなしの経営学』とあわせてどうぞ。



 

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この記事へのコメント

  • TrueSevenTH

    ひとつの意見としてお伝えしておきます。
    いま「UIの研究に金を出す」企業がたくさんあるんです。
    もちろんiPhoneの影響です。
    2008年12月18日 00:36
  • tanahashi

    はい。そんなことは百も承知しております。
    そのうえで、そうした企業の誤解がまずいと言っているのです。
    それに乗っかって商売してることはすこしも批判していません。
    2008年12月18日 01:48

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