多くの製品は生活や仕事で使われる道具です。
生活や仕事のうえで様々な役割(母親、プロジェクトリーダー、飲み会の幹事、etc.)を担う人びとが、それぞれの役割に応じた作業・仕事を行うために用いるものが道具です。
ある意味、人間は生活の場、仕事の場で、特定の役割を担うことで社会的な生き物として存在を認められます(つまり赤の他人にも理解できるようになる)。それぞれの役割には、役割に応じた作業が義務付けられています。その義務をこなすことができなければ、場合によっては、その役割としては失格の烙印をおされかねません。
失格の烙印をまぬがれるためにも、自分に与えられた役割を全うするためにも、人は自分に割り当てられた作業を完遂できるよう、作業のある部分を道具にたよるのです。
ですから、道具の価値は、それを使う人びとの生活や仕事のスタイル、生活環境・仕事の環境における役割、その役割に求められる作業・仕事、それを行う際の作業手順とその手順のなかで具体的に求められる効用といった、一連のつながりのなかに存在していると考えることができます。
その意味で、道具の価値を高めるための要件を決めるためには、ユーザーがどんな社会的文脈においてどんな役割を担っていて、その役割に課せられた作業において具体的にどのような目標の達成が必要とされているかを知ることは、とても重要なことなのです。人間中心設計プロセスで利用コンテキスト("Context of use")が重視されるのもそのためです。
たとえば、鍋
もうすこし、この道具に求められる要件とユーザーの役割の関係を考えてみましょう。たとえば、鍋。
鍋は食材に火を通し味付けをして食すという生活スタイルのなかで生じる用途に対応した道具です。火を通すのも煮たり蒸したりという調理法に紐づいていて、食材を焼いて食べるだけであれば深さのある鍋は必要となりません。
また、毎日子供たちやご主人のために料理をする奥さんにとっては用途のある製品ですが、ほとんど料理をつくったことがない旦那さんにとっては無用のものだったりします。仮に、その旦那さんが突然思いついて料理をしてみようと考えた際にも、鍋に求められる要件は奥さんが使う場合にそれに求められるものとは大きく違っているはずです。
(ちなみになぜ鍋の例を出してるかというと、煮物をしてるのを忘れて鍋を焦がしてしまったのがショックだからです)
たとえば、メール
同じように電子メールは、プライベートで友人や家族と連絡を取り合ったり、仕事上のやりとりを行ったりするために用いられますが、それはそうしたライフスタイル、ワークスタイルが一般に定着したからこそ、メールの利用用途として存在するものと捉えることができるでしょう。生活や仕事のなかに用途が結びつかない製品はなかなか利用してもらえません。家族への帰宅時間などの連絡、友人との待ち合わせ、取引先や社内に向けての仕事上のやりとりなど、いまでこそメールがなければ成り立たないものですが、かつてはメールがない状況でも待ち合わせや仕事ができていた時代があったのです。いまではどうやっていたのか想像するのもむずかしいですが。
この場合は新しい製品・機能が新しい用途を生み出し、人びとの生活や仕事の仕方を変化させたのです。
利用コンテキストを把握してユーザー像をモデル化する
ユーザーの生活や仕事上の用途から製品の要件が決まることもあれば、新しく登場した製品が人びとの生活や仕事のスタイルを変化させ新たな用途を生み出すこともあります。前者がニーズドリブンなアプローチなら、後者はシーズドリブンなアプローチといえます。これは別にどっちがいいとかそういうことではなくて、いずれの方法もありえるということです。いずれにせよ、どちらのアプローチからはじめるにしても、最終的に製品はその用途を介して人びとの生活や仕事に結びつくことが、ユーザビリティの第1の条件でもある有効さを満たすためには必要なことなのです。
それには、ユーザーの利用におけるコンテキストを理解するために、以下の項目をユーザー調査を通じて知っておくことが必要です。
- 生活や仕事における役割
- 製品を利用する際の具体的な作業内容(具体的な利用の目的)
- 製品に期待する効果(利用に際しての最終的な目標)
- 製品に期待する品質、パフォーマンス(利用に際しての副次的な目標)
- 製品を利用する物理的な環境、人間関係や組織のルールなどの文化的環境
- 製品を利用する際に併用するツール(関連製品)、あるいは代替品として利用されるツール(競合製品)
- ユーザーの製品カテゴリーに関する知識、習熟度
- 製品利用に際しての好みや考え方
こうした項目を調査を通じて理解したうえで、ユーザー像をモデル化するためにペルソナを作成するのです(いちおしつこく書いておくとペルソナ法ではなくゴールダイレクテッドデザイン)。
特にペルソナを描く際には、ユーザーのゴールと役割はきちんと押さえておかなくてはいけない項目です。役割をおさえる必要がある理由はここまで述べてきたとおりですね。
ゴールに関しては「ユーザーの3つのゴール」でも書いたとおり、必ずしも役割上与えられた作業を完遂できることだけがゴールではありません。その作業を快適に行えるようにすることや、その道具を使って作業をすることが嬉しくなるといったこともゴールに含まれます。自己表現というゴールは、まさにユーザー自身が自分に与えた役割を自分自身がこなせるようになることだと捉えることも可能でしょう。
このあたりはまさに「用の美:人と喜びを分かつことのたのしさ」でも紹介した柳宗悦さんのいう「用の美」に通じます。用途とは必ずしも作業を完遂するための機能を指すだけではなく、使うことの悦び、物自体への愛着も含めたうえでの用途だと考えたほうがよいでしょう。このあたりもユーザー調査を通じて洞察を得られるとベストです。
利用コンテキストを盛り込んだシナリオを使ってデザインする
ユーザー調査を経て知りえた情報は、ユーザー像のモデリングのために利用できるだけでなく、ユーザーが実際にどのように製品を使うのかを考える際の、利用コンテキストを描くコンテキストシナリオ、具体的な製品とのインタラクションを描くキーパスシナリオを作成する際にも参考になります。調査で実際のユーザーの作業プロセスや作業で併用するほかの道具や作業環境などが把握できていれば、どんな要件が道具を設計する際に必要かが見えてきます。
シナリオを書く意義は、まさにユーザーの利用コンテキストのなかで製品の振る舞い(インタラクション)のデザインを位置づけることが可能になることです。実際にユーザーの役割になったつもりでロールプレイングしながらシナリオを描くことで、デザインしているものがユーザーの要求を満たしているか、ユーザーを確実にゴールにたどり着けるよう導けているかを評価することもできます。
これをユーザーが登場しない状況で機能のデザインのみをしても、結局それは実際の生活や仕事のなかでの利用コンテキストにはなかなか当てはまらず、せっかくつくっても使われなかったり、使いにくいと不評がユーザーから漏れたりという結果になる確率は高くなってしまうでしょう。
社会というシステム全体で捉える視点
以前に「ユーザーの生活や思考を知ることからデザインをはじめる」というエントリーも書きましたが、利用者の社会的役割やそれにともなう作業が生活や仕事のなかに埋め込まれたものである以上、その中で用いられる道具もまた利用者の生活や仕事の文脈のなかで捉えなくていけないのは、むしろ当たり前のことなんだと思います。いってみれば、道具、それを使う用途、その用途を含むユーザーの作業、そして、そのユーザーがその作業を行わなくてはならない背景としての役割、さらにユーザーにその役割を与える社会といったもの全体を含めてひとつのシステムとして捉える視点が必要なんでしょう(この視点にたてば、なぜハーバート・サイモンがデザイン論を扱った書籍が日本語タイトルで『システムの科学(原題:"The Science of the Artificial")』となっているかも頷けます)。デザインすべき道具はその一部だと捉えれば、システムのなかでどう機能すべきかを考えることは当然で、それには道具と関連して機能するユーザーという別の機能についても把握できていなければ互換性が十分に保てないのも当然でしょう。
そうした全体的な発想ができ、その発想を最終的な形に結実させられるところまで持っていけることこそが「デザイン・シンキング」なのでしょう。そして、そのように人びとの生活や仕事のなかでデザインをすることでこそ、道具に対する人びとの愛情を喚起できるような、愛情あるものづくりができるのではないでしょうか。
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