デザイン・シンキング

IDEOのCEOであるティム・ブラウンによる「デザイン・シンキング」という論文が、今月のハーバード・ビジネス・レビューに掲載されています。

彼はユーザーのニーズや嗜好を必ず検討した。エジソンのアプローチは、イノベーション活動の全領域にわたって、人間中心のデザインの真髄を吹き込むアプローチ、いわゆる「デザイン思考」の初期の例といえる。
ティム・ブラウン「デザイン・シンキング」

という風に、トーマス・A・エジソンによる電球を意味あるものにするための電力システム全体の構想というアプローチを例に、イノベーション・プロセスにおけるデザイン思考の必要性について説明してくれています。



イノベーションは天才にまかせず、チームプレイで

具体的な内容はそれぞれ手にとって読んでいただきたいと思うのですが、ひとつだけ僕が「やっぱりね」と思った点を紹介しておきます。

創造の才にまつわる神話は、いまなお根強い。すなわち、「偉大なアイデアとは、凡人には計り知れない神業的な想像力によって、天才が不意に完璧なかたちで考え出すもの」と多くの人が信じているのだ。
ティム・ブラウン「デザイン・シンキング」

そうなんですよね。「勤労・勤勉が可能な社会」で「デザイン思考だとか、IDEOの方法だとかが取り沙汰されますが、その本質は別に、観察でも、プロトタイピングでもありません。その方法の本質は、仕事を社会のためのものととらえ、複数人が身体を使って行う仕事によって創造を成し遂げようとする、そのスタイルにあるのだと僕は思います」と書いたとおりで、IDEOのイノベーションの技術の本質には、人びとが「天才による神業」と誤解している創造性を組織的に可能にしている点にあるはずです。

それを人間中心設計に関わる手法にばかり注目しているから、そこだけ取り入れてもちっとも成果としてのイノベーションにつながらない。これは別にイノベーションを目指したものでなくとも、人間中心設計のコンサルティングをやってる立場からは経験的によくわかります。組織的に創造のスキルを高める努力をしていかなくてはいくら表向きだけ人間中心設計の手法を取り入れてもダメなんですね。それよりも重要なのは、チームプレイでいかに創造的発想を行い、それを形にしていくかということなんです。

冒頭のエジソンの例でもそうなんです。

ニュージャージー州メンロパークにエジソン研究所を設立し、才能あふれる修繕屋や即興家、実験家を呼び集めた。実際、彼はイノベーションにチーム・アプローチを初めて採用し、「孤高の天才発明家」という固定観念を打破したのである。
ティム・ブラウン「デザイン・シンキング」

イノベーションは天才にまかせず、チームプレイでやるものなんですね。逆にいえば、チームプレイ、グループワークができない組織というものほど、イノベーションから遠いものはないと思うんです。

1%のひらめきと99%の汗

ここで思い出されるのが、やっぱり柳宗悦さんの眼力なんですよね(とにかく民藝が流行りだからとかというのではなく、柳さんの『工藝の道』はものづくり・デザインに関わる人はいますぐ読むべきだと思います)。

少量より作らない時、作者はなおも第二の欠点に陥る。なぜなら多作のみが技術を完き熟達に導くからである。技術は経験である。製作においてこの経験より貴重なものがあろうか。技術を必要としない工藝はない。そうして技術は数多く作ることなくしてはあり得ない。まして技術をすら超えるあの自由さが、あの繰り返しと汗なくして得られるであろうか。
柳宗悦『工藝の道』

柳さんは、工藝の美は、天才的な個人作家から生まれるのではなく、名もなき民衆の手から生まれるのだとして、その理由の1つとして上記のように言っています。

これは先の論文のなかでティム・ブラウンが有名なエジソンの言葉「天才は1%のひらめきと99%の汗」 (Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration.) を引いているのにも重なります。99%の汗ってもはや一般の人が想像する天才とは違いますよね。
このことはエジソンが自分ひとりの努力を越えて、さらに研究所でのチームワークを望んだことにも重なるでしょう。もちろん、プロジェクトのなかで何度も何度も繰り返しプロトタイプをつくるIDEOそのもののワークスタイルとも重なります。

それにしても、アメリカ人は1847年2月11日に生まれ1931年10月18日に没したエジソンから学ぼうとするのに、どうして日本人はそんなに1889年3月21日に生まれ1961年5月3日に没しているエジソンと同時代を生きた柳宗悦さんから学ぼうとしないのでしょうね。
と書きたいところですけど、ちゃんと学んでる人は学んでるんですね。

「書かれていることがすべてデザインの指標になりました。特に"健康"なんて、すごい表現。感動しました」
『Casa BRUTUS 2008/11』深澤直人インタビュー

深澤さんが日本民藝館のパンフレットの趣旨説明を読んでの感想で、その紙は何年も仕事場に貼ってあったそうです。
深澤さんといえば、やっぱりIDEOつながり。なんなんでしょうね、この芋づる感。




技巧と技術、イミテーションとイノベーション

先の引用部に続けて、柳さんはこうも書いています。

少量の作は技巧の作であろうとも、技術の作であることはできぬ。否、技術が乏しい故に、技巧を以てそれを作為しようとするのである。
柳宗悦『工藝の道』

柳さんは意識的な技巧と手仕事の技術をはっきりと分けています。「技巧の美は人為であるが、技術の美は自然である」とも言っています。

技巧にたよれば、それはイノベーションではなくイミテーションでしょう。人びとの暮らす生活の現場という自然を顧みずに、頭のなかのイメージとテクノロジーだけにたよれば、それがイノベーションではなくイミテーションになるのは避けられません。
イノベーションにつなげるのであれば、理屈ではなく、やはり人びとの暮らす現場を観察し、頭ではなく体験によって、その行動を理解することが大切です。そして、それを頭のなかや図面のうえだけでデザインに落とすのではなく、何度も繰り返しプロトタイプをつくってみてはシミュレーション的に利用しながらダメなところをつぶしていく。もちろん、ひとりの視点だけで行うのではなく、いろんな見方ができる様々な人が集まるチームで。

口にするのは簡単ですが、これが実行できる組織は多くはありません。ただ、それができることこそが真にイノベーションの技術といえるはず。それに向かって努力するのは無駄ではないと思います。それこそがデザイン・シンキングの基盤となるものなのですから。

ちなみに、本論文でティム・ブラウンは、デザイン思考のアプローチを

「『人々が生活のなかで何を欲し、何を必要とするか』『製造、放送、マーケティング、販売およびアフターサービスの方法について、人々が何を好み、何を嫌うのか』、これら2項目について、直接観察し、徹底的に理解し、それによってイノベーションに活力を与えること」
ティム・ブラウン「デザイン・シンキング」

と定義しています。

 

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