正しき工藝の11の法則

僕らはあることをすっかり見落としていた、忘れていたのかもしれません。



1つの花にも存在の法則が潜むように、あの1つの器物にも工藝の法則が宿る。
柳宗悦『工藝の道』

そう書いて、柳宗悦さんは正しき工藝の美の法則として、次の11の項目をあげています。

正しき工藝の11の法則

「法則なき処にはいかなる世界もあり得ない」として柳さんが掲げているのは「用の美」からはじまる以下の11の法則です。

  1. 工藝の本質は「用」である
  2. 工藝の最も純な美は、日常の用器に表現される
  3. 多く作られることによって、工藝はその存在の意味と美とを得る
  4. 工藝の美は労働と結ばることなくしてはあり得ない
  5. 労働の運命を担う大衆が、相応しい工藝の作者である
  6. 民衆の工藝であるから、そこには協力がなければならぬ
  7. 手工藝にも増してよき工藝はない
  8. 正しい工藝は天然の上に休む
  9. 高き工藝の美は無心の美である
  10. 個性に彩る器は全き器となることはできぬ。古作品の美は没我の美である
  11. 工藝においては単純さが美の主要な要素である

僕には、これらの11の法則が、いま注目を集めるIDEOのイノベーションの技法や、人間中心設計といったデザインの方法をはるかに先取りしたものだと感じられます。第1の法則からして「用の美」を説いているわけですから、それが人間中心であることは間違いありません。民藝という言葉は、民衆のために民衆が作った工藝であることを重視する柳さんを中心とした民藝運動の人たちがつくった造語です。これが人間中心設計でないわけがありません。
また、第3の法則で「多」と「美」に関係性を、第6の法則で「協力」による制作を説いているところは、プロトタイピングやブレインストーミングを重視するIDEOの方法と一致します。正しき工藝のために生み出されたこれらの法則は、人間のためのよきものづくりのための法則として読めるのではないかと思います。

用の美とエモーショナル・デザイン

「用の美」というのは、すでに「用の美:人と喜びを分かつことのたのしさ」でも引用したように、

ここに「用」とは単に物的用という義では決してない。(中略)用とは共に物心への用である。物心は二相ではなく不二である。
柳宗悦『工藝の道』

という意味においてです。柳さんのいう「用の美」においては、機能的な美と情緒的な美は不二(相対的ではなく統一的であること)です。

これはあのドナルド・A・ノーマンが『エモーショナル・デザイン』の冒頭近くで書いていることに一致します。

このような研究や他の関連する発見から、製品デザインにおける美の役割が示唆される。すなわち、魅力的なもので人は気分よくなり、そのことによってさらにより創造的になる。どうしてデザインが魅力的だと使いやすくなるのだろうか。簡単。直面する問題の解決策が見つけやすくなるからだ。

ノーマンのいう「このような研究や他の関連する発見」には、M.チクセントミハイによるフロー体験の研究も含まれるでしょう。チクセントミハイは、人はフロー状態(没頭した状態)になって行う仕事の効率性についても見出していますが、これも柳さんのいう中世ギルドのような秩序だった組織における協力による労働においては仕事の悦びが感じられるようになり、おのずと作品の質も向上するという話に一致します。

結局、僕らはずいぶん遠回りしましたが、日本の手仕事のよさに戻ってきたのではないかと思います。そして、それらが失われてしまっていることに呆然としているのではないか、と。

  

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