誰も知らない 世界と日本のまちがい/松岡正剛

水村美苗さんの『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』がネット界隈で話題となっています(こちらこちらで)。水村美苗さんの本は10年くらい前に『続 明暗』『私小説 from left to right 』といった小説を読みましたが、その後、すっかりご無沙汰になっていましたが、これだけ必読と言われれば読まない方がおかしいと感じたので購入しました。

それこそ、昔、英語と日本語が入り混じる形で著された『私小説 from left to right 』を読んだ僕としては、ここで書かれていることが、おそらく「質の劣化と文脈からの逸脱」や「勤労・勤勉が可能な社会」で書いてきた僕自身の問題の系とも重なる問題だとも感じたので。

中国文化圏→天下→日本国

まだ読んでいないのでどう書かれているかはわかりませんが、読む側が単純に日本語という言語の問題だとだけ捉えてしまうなら、僕はそこにどう書かれていようと誤読なのだろうと思います。「質の劣化と文脈からの逸脱」でも書いたとおり、

歴史的にみれば、社会が変化するたびに、人びとは自然から遠ざかり、意識の世界へと閉じ込もっていく様が見受けられます。自然を離れた意識による創作がさらに社会を変えていき、それがまた人びとを自然から遠ざける。

わけで、言葉(意識・認識)、環境(自然-人工物)、人びとの振る舞いの3者はつねに互いに影響しあいながら変わり続けてきたわけです。

日本という国そのものをとっても、江戸期以前は、東アジア全体のなかでの中国文化圏のなかの一部として、江戸期になって明が力を失うと中国離れをせざるをえなくなり独立した「天下」というヴァーチュアルな仕組みを組み立てなくてはならなくなります。それが江戸中期から幕末にかけて新たな外敵として西欧が視野に入ってくると、「天下」の仕組みは維持不可能になり、新たに「日本国」という別の仕組みを組み立てざるを得なくなります。

境界の変化、言語の変化

その流れのなかでは、「天下」や「日本国」の内と外を隔てる境界線も変わります。「天下」の外には中国や朝鮮ばかりではなく、蝦夷がありました。蝦夷は単に北海道を指したわけではなく、縄文以降、越の国といわれた新潟なども境界の内側といった意識があったものの佐渡の金山などが見つかるにつれ内に取り込まれていきます。琉球王国も天下の外であったでしょう。天下から日本に変化するなかで、内と外とを隔てる境界も変わります。境界線とは結局、物事をどう認識するかという問題そのものですから、境界が変われば人びとの意識そのものが変化します。

そうした境界の変化は、言葉の変化もともないました。古代祭祀的な万葉の世界の終わりは、律令政治の導入によって起こったのではなく、文字の導入によるものでした。オーラルなコミュニケーションが文字に変われば、言葉そのものの意味が変わります。漢字を導入すれば、それが中国を中心とした漢字文化圏のなかに取り込まれるのはとうぜんでしょう。明が滅び、中国文化圏から距離をおいた形で独自の政治システム-知のシステム(儒学と国学の緊張関係として)を組み直した「天下」でしたが、それでも文化のレベルにおいては知識人たちはあいかわらず漢詩を普通に読んでいました。
そこに変化が起こるのは、明治以降です。新しい日本語をつくるために、外来語の翻訳に漢字を使った新たな熟語を大量に創出した。spiritの訳は、酒精であり精神としました。reasonには理由と理性をあてつつ、それまでのことわり(理)という語のもつ「こと(事・言)を割る」ことで理解するという意味はむしろ失われます。

世界と日本のまちがい

ただし、別にこうした変化が日本にだけ起こったのかというとそうではありません。

こうしたことは、日本だけにあてはまることではありません。(中略)こういうことはアラブ社会にもイスラム社会にもあてはまることです。また東南アジアや南米やアフリカにもあてはまる。
松岡正剛『誰も知らない 世界と日本のまちがい』

『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読むのであれば、以前に紹介した『17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義』の続編ともいえる、松岡正剛さんの『誰も知らない 世界と日本のまちがい』もいっしょに読んでみてはよいかと思います。

世界が、たった1つの強力な原理や制度で動いていくなどということは、はなはだおかしいことなんです。そのデキがきわめて効率的で、城で気になっていることも、もちろんあるんですけれど、そして、そのようなモデルとルールをイギリスやアメリカが綿密につくりあげたものが少なくないのですけれど、だからといって、それが世界の多文明に、また多文化のあてはまるような、ふさわしいものとはかぎらないのです。これがあきらかに「まちがい」です。
松岡正剛『誰も知らない 世界と日本のまちがい』

ということがわかるから。

ようするに日本の文化が失われるのは何も日本の損失ということではないのです。他国の文化の損失が、日本人も含めて世界的な損失であるように、日本の文化の損失も同じように生きる知恵を失うという意味での損失なのだから。

たとえば、「テクノロジーは人間の身体の拡張として生まれ、デザインがそれに意味を付与する」で引用した、こんな言葉を思い出していただきたい。

日本的観念である「間」は、現代日本だけでなく世界一般に寄与するところが大きい。「間」は、グローバルな人間文明のある一面の神髄である。「間」を理解し、認識することによって、デザイナーやプランナーは、テクノロジーに侵されて失われてしまった人間固有の大きさや比率の感覚を、とり戻すことができるだろう。

僕はそこで<残念ながら、ケルコフはいまの日本にはもはや「間」の感覚が失われつつあるのに気づいていなかったようです>なんて書きましたが、本当に日本人が「間」の感覚を完全に失ってしまっているのだとしたら、それは世界の損失だということになるのではないでしょうか。

生きるための知恵

「生きるための知恵」ということでは、田中優子さんも『カムイ伝講義』で書いていた江戸時代の農村共同体を軸とした成功と失敗について、松岡正剛さんは以下のように書いています。

これらの成功も失敗も、実践も理論も、すべて農村共同体が生みだしたものなんです。そこに非農村的な金融資本主義が入ってきて成功したり、失敗したのではなかったんです。農村は農村の運命を歩んでいたのです。
松岡正剛『誰も知らない 世界と日本のまちがい』

田中優子さんの言葉でいえば、

ここには、「いわゆる日本」とは異なる日本がある。私たちの時代が声高に「日本人」として主張するその範囲には、たぶん入っていない日本人たちがいる。

といえるような、いまとは別の境界性がそこでは引かれていて、いまとは違う認識・意識のなかで人びとは動き、動かされていたのでしょう。

ただ、そこに異質なものが入ってくる。その異質なものを取り込んだシステムが必要になる。そうなると境界は変わり、意識は変化し、ふるまいは変化します。

私としては、そこを言いたいんですね。ここにわざわざ現金生活や会社制度を入れることはないはずです。いや、一部にそういうものがあってもいいでしょうが、そのかわり、日本の共同体がつくりだす価値観や人情は、もうなかなか取り戻せないということになるでしょう。
松岡正剛『誰も知らない 世界と日本のまちがい』

日本語が失われるという問題は、こういうところから読み解いていく必要があるのかなと思っています。

この先を考えるためにも、まずは水村美苗さんの『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』が届くのを待つことにします。読まずに何を言ってもはじまらないのだし。



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