2005年12月22日

永遠にわかりあえない人と人

僕の赤は君の赤とは違う。人と人は永遠にわかりあえない。
わかりあう術がないのではなく、人それぞれが事物から感じるクオリアが異なるから、わかりあうということがそもそも空想の産物でしかないわけだ。

つまり、それは何ら悲しむべき事柄でもなければ、人の欠格でもない。わかるということが本来的に私的な意識に基づく私的な体験であり、そこに交換可能性を想像することの方が間違っているのだ。

とはいえ、わかりあいたいというのが人の心情だ。その際、本当にわかりあえたかどうかは問題ではない。

わかりあえたと信じられた私的な体験を偶然にも異なる者同士が共有できる奇跡に触れたいのだ。

次元は異なるが、企業と顧客の関係も同じだ。わかりあうことは決してない。だが、わかりあえているという誤解が両者間に芽生えた時、それは最高のラブマークになる。
posted by HIROKI tanahashi at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ラブマーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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