外は、良寛。/松岡正剛

ひとつ前のエントリーでは、白川静さんの『初期万葉論』を紹介しました。そこでは、初期万葉の時代において文字を得た日本は、社会も、歌も大きく変容したことが示されていました。ことばは文字となり、ひとつのことばが終わった瞬間です。

一方、はるか時代が下った江戸時代、ちょうど琳派の酒井抱一(1761~1828)やその弟子の鈴木其一(1796~1858)が生きた時代に、良寛(1758~1831)という越後の寒い北の地で歌を書いた人がいました。



「良寛は書くことで、書くことを捨てている人です」と松岡正剛さんはいいます。

文字というものは、もちろん言葉を情報保存するためにつくられた記号でわるわけですが、文字がコミュニケーションの維持・強化・洗練から離れて、書としてリリースされていくときには、文字が犯してきたコミュニケーションの中での罪を捨てるためにあるようなところもあります。
松岡正剛『外は、良寛。』

とも書いている。言葉を固定して保存するはずの文字が、書として刻まれると同時に自ら文字を描く指先と筆記具によってマスキングされて消える。もちろん、痕跡としての線は残るのだけれど、文字を書いている瞬間、僕らは確実に文字を自らマスキングしている。松岡さんは良寛の書にそういう感覚を受けるのだといいます。

言葉を捨てる、けれど、書は残る

良寛は禅僧です。

柳宗悦さんは『工藝の道』で、「昔大慧は禅が知に堕するのを恐れて、あの『碧厳録』を火に投じた」と書いていますが、禅に限らず、仏教はそもそも目を閉じ坐ることで、「木から降り二本足で立ち、直立歩行ができるようになった裸のサルが、自由になった両手で道具を操ったり指折り数えることができるようになり、目線が高くなって遠くまで見渡せる両眼視を手にいれ、声帯筋が直立することで声の分節化が行えるようになり、その声の分節パターンが大きくなった脳に記憶されることで言葉を操れるようになった」ことを丸ごと否定するかのように、視覚情報を遮り言葉を拒んで、自分自身の問題に立ち向かう方法として確立されています。
そのことは松岡正剛さんが『空海の夢』でじっくりと紹介してくれています。

禅においても、

いま終わったばかりの仕事(作務)やいまつかった言葉を否定したり、ポイポイと捨てさせる。
松岡正剛『外は、良寛。』

こういう禅のなかに良寛は生きた。
しかし、捨てるといっても、口に出された言葉は捨てることができても、書かれた言葉は書として残る。とうぜん、書だけでなく生活そのものも残ります。捨てることができるものと捨てられずに残ってしまうものがある。

僕は、良寛がこうした禅の言語と禅の生活の矛盾した両方をまるまるほしがったとは思いません。むしろそういうものの中にひそんでいる、捨てていったり、捨てないで位置づけたり、その両方から響きあっている「禅機」だけに耳を澄ましている、そういう方法をつかみたかったんだと思います。
松岡正剛『外は、良寛。』

知や意識というものがもつ両義性がここにある。何かを知るということは何かがわからなくなるということです。何かを意識するということは別のものを無意識下に追いやるということです。西洋においては、そうした矛盾を弁証法的に止揚する方向に知は動く。しかし、良寛においてもそうであるように、日本においては矛盾を止揚することなく、矛盾は矛盾のまま、その極を消していくということがよく起こります。それを松岡さんは「日本という方法」と呼んだりしています。



微妙な測度

この両義性は、日本語のなかにも数多く見受けられます。
松岡さんは、「日本には微妙な測度をあらわす言葉がいろいろあります」と書いています。

たとえば「加減」「具合」「場合」「適当」「場面」「塩梅」「気配」「消息」「見当」「一応」「さしずめ」「そこそこ」「ころあい」「あたり」「そのへん」「まずまず」「さしあたり」などなどです。そして「具合はどう?」「こういう場合は?」「いい加減にしなさい「まあ手加減しろよ」「お加減はいかがですか?」などとつかいます。
松岡正剛『外は、良寛。』

まったく「いい加減」とはどういう加減で、よいのかわるいのか、さっぱりわかりません。「適当」とは適切なのかそうでないのか、いったいどうなのか。

ヨーロッパやアメリカでは、たいていバスタブには温度計がついていて、華氏何度というふうにお風呂の温度を計ります。いまでこそ日本にも摂氏温度の目盛りのついたバスタブがだいぶん出回っているものの、少し前まではそんなものはついていなかった。
では、日本ではどうしていたかといえば、「手加減」や「湯加減」といって、加減を繰り返していた。火や水を加えたり、減らしたりするだけだった。その加減の範囲のなかにお風呂の温度というものを維持していたわけです。
松岡正剛『外は、良寛。』

まったくわかっていないようでいて、ちゃんとわかっているという奇妙な知がここにはあります。

このことは「塩加減」とか「匙加減」といった言葉にもあらわれています。まことにインメジャラブルな感覚で、測定するけれども測定していないような、妙な世界です。
松岡正剛『外は、良寛。』

前に「「はかなさ」と日本人―「無常」の日本精神史/竹内整一」でも紹介しましたが、そもそも「はかる」という場合の「はか」は語源的には、田んぼの稲を植えたり収穫する際の仕事量をあらわす単位が「はか」だったといいます。「1はか」「2はか」と計量できる単位です。それが「はかどる」「はかない」「はかばかしい」と転移しながら、日本人の美的感覚のひとつでもある「はかなさ」にもつながっていく。測れないことが「はかなさ」につながり、かつ様々なインメジャラブルな言葉で実際に世の移り変わりを測って/図っていくのが日本という方法なのでしょう。

加減言語

世阿弥にしても、西行にしても、その「はかなさ」を追求しました。「はか」=意識・知を突き抜けることで、「はかなさ」を能楽や和歌に昇華させました。

ただ、良寛の方法はそれとは異なると松岡さんはいいます。

良寛は「はかなさ」を超えたわけではない。むしろ「はか」の有り様そのままを遊んでみせた。あったりなかったり、出たり入ったりするその「はか」に遊んでみせた。
松岡正剛『外は、良寛。』

松岡さんは良寛の「無常」を強調しすぎる従来の良寛評に対して、もっとインメジャラブルな世界でなお「測定するけれども測定していないような」しぐさを見せる良寛にフォーカスをあてているのです。

そして、松岡さんは良寛の書のリズムに注目します。
子どもたちといっしょに手毬に遊び、「一二三」や「いろは」などの書を多く残した良寛を、「良寛の語感や言葉のリズムはまさに万葉的です」と評します。文字とは視覚的で空間的ですが、書はリズムを帯びて時間的になり、そのリズムとともに音感的な言葉に還っていきます。松岡さんはそこに着目する。

そして、ここで昨日の白川静さんの『初期万葉論』の話につながってくるのです。

もともと万葉ではイメージを同時知覚的に展開する「ながめ」が重視されていたのに、古今ではイメージを心理的にとりこむ「おもい」が重視されているという、よく知られた差異があります。万葉の「ながめ」とは"ここ"にいて"かしこ"を見るということだから、いわばそこには此彼の同時性があるということです。
松岡正剛『外は、良寛。』

「此彼の同時性」。これこそ「いい加減」や「適当」にも通じるネガポジが一体化した状態です。

日本語にはほかにもネガポジが合体した奇妙な言葉がたくさんある。

「加減」のような例としては、「是非」「増減」「軽重」「清濁」「去来」「出入り」「虚実」「前後」「満ち欠け」「過不足」などがそういう例です。これを「はたち前後」とか「是非とも」などとつかい、なんだかはっきりしないけれど、そのへんの事情を察して推量するわけです。
松岡正剛『外は、良寛。』

こうした松岡さんが「加減言語」と呼ぶ言葉を用いて、日本人は「あまりに両方に過ぎることを保留して」きたのです。そこには「塩加減」や「湯加減」をはかるように微妙な幅を測定する繊細な感覚があったのです。



良寛の時代から現代へ

そこにバスタブの温度計やら、律令制やら、文字に書き記された知やらが入ってきたわけです。インメジャラブルな知に対して、メジャラブルな知が入ってくる。それは万葉の時代にも起こったし、江戸末期から明治にかけても起こった。いや、日本の歴史においては頻繁に起こっていたことだともいえます。

良寛の生きた時代は、もはや鈴木其一が琳派の伝統的な画風に、西洋画的な陰影を持ち込んだ時代です。江戸も終わりかけ、禅ももはや形骸化してしまっている時代でした。
そんな時代に、良寛はいずれの方向にも傾くこともなく、書いているのか消しているのかわからない書を書き、子どもたちと手毬をしながら「ひいふうみい」とリズムを刻んだのです。

それは万葉の時代の大変化と同様の、明治の変化が起こる直前のことでした。
江戸では歌麿の大首絵が流行し、司馬江漢が西洋遠近法を取り入れた『両国橋』を発表していました。西洋では、大英博物館がオープンし、モーツァルトの『フィガロの結婚』が上演され、ゲーテが『ファウスト』を発表した時代です。良寛の晩年には、北斎や広重の浮世絵が流行し、イギリスでは早くも最初の商業恐慌が起こっていました。

それは僕らがイメージするほど、過去のことではありません。すくなくとも、僕らの時代の間違いはそのころすでにはじまっていて着実にこの日本にも押し寄せてきていたのです。

こうしたことに無関心なまま、歴史から切り離されて生きることってどうなんでしょう。「カムイ伝講義/田中優子」でも書きましたが、僕ら現代に生きる人間にとっての「あたりまえ」は、決してそれ以前の「あたりまえ」と同じではありません。そこに目を向けずに、何かをわかった気になって、現代の危機を叫んだところでどうしようもないというのに。



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