買い物をする理由にはいろいろあるのでしょうけど、用途もないのに買ったものは結局は使われなくなってしまいます。使われなくては、どんなにいいものでもその良さはわかりません。
それとおんなじことがデザインの方法論にもいえると思います。
解決のための方法論を理解する前に必要なことがあるんですね。それが方法論を用いる用途をもつこと。すなわち問題意識を明確にすることです。
はじめにどんな問題を解くのかが明確になっていなければ、解法の適切さ、有効性をはかることはできない
これまでもこのブログでは「わからない」を大事にしようということを書いてきました。「わからない」を自分自身で引き受けることの重要性について述べてきました(「「わからない」を自分の身で引き受けること」参照)。また最近、はてブで人気になったエントリー「圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル」でも最初にイシューを明確にすることの大切さが示されていました。
つまり何に白黒つけたら良いのか、自分は何にケリをつけるのか(=issue)、というのが非常に最初の段階でクリアにあるのだ。
はじめにどんな問題を解くのかが明確になっていなければ、解法の適切さ、有効性をはかることはできません。解くべき問題もないのに解決法ばかりを並べても何もはじまりません。解決法を探る前に、どんな問題を解くのかが明確になっていなければ、人びとの暮らしや仕事のなかの問題を解決を目的としたデザイン作業はできないはずです。
もちろん、問題提起(テーマ出し)ばかりで具体的な解決法の提言がないというケースもあります。それもそれでいただけないのですが、解くべき問題を明示することもなく、ひたすら解決法に関する知識のコレクションをあてどなく続けるのもやっぱり困りものです。
問題設定、問題発見が苦手
ただ、この問題意識をもつことが苦手な人は多い。苦手というより慣れていない、身についていないといったほうがよいのかもしれません。学校では出題された問題を解くことばかりをやってきて、習うのもいろんな解法ばかりで、問題を設定する方法や問題を発見する方法というのはあまりやりません。
会社に入っても、上から仕事を与えられたり解決すべき課題を与えられるばかりで課題そのものの設定というのは、あまりする機会がない。機会があっても、仕事そのものというよりも個人の目標設定など形式的になりがちなところで行うくらいだったりするのではないでしょうか。
プロダクトデザイナーの奥山清行さんもこんな風に言っています。
与えられた問題に対して解決策を探しだす人は、大企業ともなれば山ほどいる。その能力がないと入社試験に受からないということだろう。
反面、問題を「生み出す」人がいない。ここが日本のビジネスシーンで大きく欠けている部分である。
これはもうおっしゃるとおりだと感じます。問題を正しく設定できる人は少なく貴重です。
当たり前を疑う
日常の当たり前の根本を疑ってみて、そこに新しく問題を立てるということが意識的にできる人がとても少ないんです。でも、それはデザインをする上では大切なスキルだと感じます。むしろ知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することにつながる。原研哉『デザインのデザイン(special edition)』
これがないんですね。
イタリアのデザイナー、ブルーノ・ムナーリもこんなことを書いています。
「多くのデザイナーは、問題が依頼主によって充分に定義づけられていると思っている。しかし、大部分が不十分なもまである」とアーチャーは述べている。
したがって、問題を定義することからはじめなくてはならない。これは、後に企画設計者が作業しなければならない範囲を定義するのにも役立つことになるだろう。
企画設計者の作業範囲が決まるということは、作業の方法も決まるということです。用途が明確であれば、適切な道具も見つけやすいはずです。
用途がなければ利用するメリットはわからないのでは?
それがどういうわけか、問題設定を先にするのではなく、方法から入る風潮ができてしまっているように感じます。僕がそういった風潮を感じるのは、やっぱり自分が扱っているペルソナ法やユーザー中心デザインの方法に関してです。よく耳にするのは、その方法がよくわからないという声なんですが、そもそもそれを使う用途のほう、すなわち何を解決するのかという問題意識が明確でないのに、そうした手法について知りたがる人が多いなと感じます。
でも、そっちから入っちゃうと、それこそ、その方法のメリット・良さというのはわかるはずないだろうと思うんですね。それこそ、最初に書いたように、流行りだから買うという買い物に近い感覚で、利用用途が頭になければそれを使うことのメリットなんてわかる必要がないんです。
解決法を学ぶことももちろん大切だとは思いますが、それと同時に、何を解決すべきかというイシューをきちんと設定する方法を学んで身につけないと、学んだ解決法も宝の持ち腐れになってしまうのではないでしょうか。
問題意識の持ち方としては、前に「危機感・問題意識創出のためのプラクティス その5つの軸」というエントリーも書いていますので、そちらも参考にしていただければ。
また、日常の当たり前を疑う方法としては、まさに『「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス』と題された好井裕明の本でも紹介されているエスノメソドロジーという方法を知るのもよいかもしれません。
私たちが、普段あたりまえに生きているとき、それは"何もしていないあたりまえ"ではなく、さまざまな「方法」を微細にくししつつ他者とともに生きている。好井裕明『「あたりまえ」を疑う社会学 質的調査のセンス』
いずれにせよ、世の中のことをもっと知りたいという好奇心、世の中に隠れた問題を発見してそこを改善したいという意欲がなければ、よいデザインはできないのかなと思います。
関連エントリー
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