ユーザー調査は内容的にはいろんな発見があるので好きですが、新しいことを発見するのにはそれなりの集中力も必要で体力的にはきつい。緊張感も保った状態でいないといけないので自分がインタビュアでなくて裏からモニタリングするだけでも気づかれします。その意味ではやっぱり、やっと終わると思うとほっとしますね。
そんな状態ですので、ブログの内容も自分が考えたことというより、前回の「格差社会とは」と同様に本を読んでおもしろかったことをご紹介することでお茶を濁しておきます。紹介する本も前回同様で田中優子さんの『カムイ伝講義』。
ギークとしての江戸の農民
この『カムイ伝講義』を読んでいると、江戸時代において農民とは現代でいうギークにほかならなかったことがわかります。しかも、以下の引用にあるように、その技術を秘密にするのではなくオープンにしていたあたりがギーク的だなと感じました。江戸時代は農書が盛んに書かれた時代であった。農民が積極的に農業技術マニュアルを書き、決して閉鎖的にならず、技術を共有しようとしたのである。田中優子『カムイ伝講義』
もちろん、前回書いたように、江戸時代というのは階級内格差が大きかった時代ですので、ひとことで農民といってもアルファギークのように新田開発や塩田、砂糖絞り、煙草や茶、綿花の栽培、飢饉の際の救援植物としてのサツマイモ栽培、薬としての朝鮮ニンジン栽培、灌漑設備の工夫など、それまで成しえなかった農業技術を飛躍的に向上させた人びともいれば、ごくごく普通の人もいたのでしょう。
『カムイ伝』で取り上げられる綿花栽培やそれを可能にする下肥システムの確立、干鰯による肥料の改善、木綿糸、木綿布の生産技術も、それまでは朝鮮や中国からの輸入に頼っていたものを、江戸期において一気に国内生産に切り替え、世界一人口が多い都市であった江戸の需要を十分に支えられる生産量を可能にしたそうです。
さらにいえば、はじめは太い糸しか紡げず用途も作業着や帆布などに限られていたものを、インドの技術を取り入れることで細い糸も紡げるようにして、都会で暮らす人びとがお洒落着として着こなせるような縞織物も生産できるようになって、都市部の人びとの需要も喚起したというのはすごい。
農民たちの夢、僕たちの夢
もうひとつ考えさせられるのが、江戸時代の農民たちが追いかけた夢についてです。『カムイ伝』の正助は、日本の農民とくに江戸時代農民のありようを象徴している。田畑の耕作を食糧確保の仕事であると考えるだけでなく、さまざまな改良工夫をしようとする。しかしそれは遠い漠然とした理想や夢や名誉心ゆえではなく、ともに暮らす村人たちの生活の充実のためである。正助は読み書きを習い、桑を育て、綿花を栽培し、水路を確保し、下肥を使う。毎日の生活に密着した夢の実現であり、自分自身と周囲の人々すべてのための行動だ。田中優子『カムイ伝講義』
これはちょっと考えさせられます。この夢というのはまさに「知の編集工学/松岡正剛」で紹介したような「経済文化」的なものだと感じます。つまり経済と文化が切り離されていない。
でも、それ以上に感じるのは、江戸期の農民たちの夢と僕らの時代の夢との大きな隔たりです。
僕らの時代が追いかけているものというのは、上記の引用でいえば「遠い漠然とした理想や夢や名誉心」だったりするのではないかと感じるのです。
田中優子さんはこんな風にも書いています。
現代の若者には何が要求されているだろうか? 大人たちは彼らに、「夢は必ずかなう」と言う。「前向きにあきらめないで生きなさい」と言う。しかしその夢の中身は、金儲けだったりスターになることだったり、資格を取ることだったり、いい会社に就職することなのだ。(中略)現代人(若者とは限らないが)には夢がないわけではない。夢の中身が大地を離れ、宙にただよっているのだ。田中優子『カムイ伝講義』
一方で前回書いたとおり、江戸期においても武士たちは現代の僕たちとおなじように、大地に足がついた夢をもてずに、「自分が何のために生きているのか、わからなく」なっていました。しかし、江戸期において日本の80%を占めるのは農民で、武士は6~7%にすぎませんでした。ようは「自分が何のために生きているのか、わからなく」なっていた人は日本全体の6~7%だったわけです。
それがいまはどうなんでしょう? 「自分が何のために生きているのか、わからなく」なっている人と、『カムイ伝』の正助のように、毎日の生活に密着した夢の実現するため、自分自身と周囲の人々すべてのために行動している人、どっちの割合が高いのでしょうか?
下肥の話などを読んでいると、その完璧なほどの資源の循環システムには驚かされます。ゴミや排泄物は汚いものではなく、次の生産のための重要なエネルギーなんですね。しかもゴミには有毒物質などは含まれていない。
自分たちにも有害な物質を生産することに時間を費やし、夢を見ている僕らの時代って、と思いますね。
関連エントリー
この記事へのコメント