発想の自由度を高めたければ過去に学ぶ必要がある

先日、「温故知新:possibilityとactuality」というエントリーで、「学ぶとか考えるとか活動するとかいうことには、possibility(可能性)とactuality(現実性)の両方のバランスを保つことが重要」と書きました。「故(ふる)きを温め新しきを知れば、以て師為(な)るべし」という温故知新からの連想として。

また、昨日の「WHATとHOWのあいだの"溝"」というエントリーでは、WHAT(問題・目的)とHOW(どのように解決するか)のあいだの溝をいかにして埋めるかが、インタラクション・デザインの主要な課題であるとも書きました。

この2つのエントリーを重ねると、次のような整理が可能です。

possibility(可能性)
  • possibilityは、過去にこそある。
  • 過去=故きものから学ぶべきは方法である。
  • HOW(どのように)を考えるときにこそ、possibility(可能性)が問題となり、それは故(ふる)きを温めることによる方法の引き出しの多さによって、解決案の量や質が変わってくる。
actuality(現実性)
  • actualityは、文字通り現実が問題。次々と立ちあらわれる新しき現実を知る=受け入れることが必要。
  • 現実性においては如何なる方法を用いるかではなく、いかに現実の問題に対処するかが課題となる。
  • そのため、現実を知るとは、何が問題なのか、何が現実において目的視されていることを知ることが肝要。

WHATはactualityの側にあり、HOWはpossibilityの側にある。とうぜん、2つの溝を埋めたいのなら温故知新のバランスがとれた知性が必要になってくるということだと思います。

歴史に学ぶ

ところで、なぜ、故(ふる)きを温める必要があるのか。古典を学び、歴史を学び、深く理解していることが方法の知識に結びつくのか。

それは本来、方法というものはそれが用いられる社会的基盤としての環境に依存するものだからです。

最近、読んでいる白川静さんの『初期万葉論』にまさにそのような例が紹介されています。

中国最古の詩篇であり、儒教の基本経典・五経の1つでもある『詩経』は、風(ふう)と呼ばれる15の地域にわたる民謡、小雅大雅と呼ばれる西周期貴族社会の儀礼で奏した音楽の歌詞である雅(が)、王室の廟歌の歌詞である頌(しょう)の3つに大別される、305篇から構成されています。
それら305篇の歌は民衆の生活のなかで歌われた風においても、貴族社会や王室における雅や頌においても、いずれも「儀礼的な行事において。その歌謡の場に参加する」際に歌われるものであり、「共同体の秩序をこえて自己表現的な欲求をあらわすことはなかった」という意味において、儀礼的歌謡のためのものであり、創作的なものではなかったといいます。
小雅大雅の二雅にみえる政治詩、社会詩においてはいくらか創作詩の性質に近づいているものも見受けられても、基本的には共同体の秩序を現前する季節ごとの儀礼とかたく結びついたものが古代歌謡における詩だったのです。

その中国詩が創作詩へと発展するには、それから長い空白の期間を要したそうです。
白川さんはその理由を以下のように述べています。

詩篇は創作詩への段階を迎えようとするその直前において、貴族社会の崩壊によって、その文学的基盤のすべてを失ったのである。
文学が自己のもつ様式を持続しさらに展開してゆくためには、そのような様式を必要とする文学の基盤が存するのでなければならない。制作と受容の行われる場を必要とするのである。
白川静『初期万葉論』

「制作と受容の行われる場」としての文学的基盤が現実的に崩壊すれば、文学的発展など望めません。
ただし、新しい発展としての「創作詩への段階」を迎えることはできなくても、すでに完成した歌謡としての性質を伝承することは可能です。様式さえ完成していれば、そのスタイルはその基盤において「制作」の力はなくとも受容性さえ存在すれば伝承していくことはできます。

もちろん、それは伝承の役目を担う人がいればですが。

詩篇を生んだ現実の基盤はすでに失われ、詩篇は伝承のうちに存している。それを伝えるものは楽人であり、瞽史であった。詩篇はかれらによって著しく説話化されており、その説話化の主軸として、男女の道を正すべきこの詩が作られた。
白川静『初期万葉論』

スタイル=様式としての方法は、完成さえしていれば伝承可能だということです。

ただし、スタイルそのものを生み出すためには、それが生みだされるための制作と受容の両方の面での社会的な基盤が必要であり、かつ、その社会的基盤というものは社会の変化によって容易に失われるということです。



SWOT分析と温故知新

ここに方法を歴史から学ぶ必要性が生じてきます。

本来は様式=スタイルというものはそれぞれの時代の社会的基盤に結びついていて、それはきちんと伝承しなければ社会的基盤とともに失われてしまう性質をもっているからです。
いったん失われてしまえばそれを再現する作業は考古学的な発掘作業に似てきます。発掘するだけでなく、発掘された断片を蘇らせるために解釈が必要になってくるからです。

一方で、現実の社会から方法を模索しようとすれば、それは単に現実の社会の秩序に密着しすぎた方法しか見つけられず、古代歌謡詩が創作詩にいたる原動力となった社会秩序そのものの変化のようなマクロ環境の変化にたよるしかなくなります。

これは危険です。いわゆる環境適応能力を欠いた状態だからです。

事業戦略、マーケティング戦略を決定する際に用いられる方法で、現在の自分たちが置かれた状況をマクロ環境における機会/脅威の軸とミクロ環境における強み/弱みの軸で把握し課題の分析を行うSWOT分析がありますが、ここでのマクロ環境の認識というのがまさに上記の引用で白川さんが述べている「文学が自己のもつ様式を持続しさらに展開してゆく」ための「文学的基盤」だと捉えればよいのだと思います。

「文学」を「事業」と読み替えれば、「組織が自己のもつビジネスモデルを持続しさらに展開してゆくためには、そのようなビジネスモデルを必要とする事業の基盤が存するのでなければならない。制作と受容の行われる場を必要とするのである」と読むことができ、これはまさにSWOT分析においてマクロ環境の機会/脅威の分析をベースに、現在の市場における自社と競合他社を顧客の視点から比較して行うミクロ環境の強み/弱みの分析を行う理由そのものです。

この場合、市場をとりまく社会環境とビジネスの方法があまりにかたく結びつきすぎてしまっていれば、そこには自発的なイノベーションも望めなければ、マクロ環境の変化にビジネスモデルの盛衰を委ねるしかなくなります

それを回避しようとすれば、方法と社会的基盤の紐帯的状況をすこし弱めてあげる必要がある。社会的基盤は崩れても伝承可能なスタイルにたよることが必要になってくる。では、それはどこにあるか、どこを探せばいいかといえば、古典を学び、歴史を学び、深く理解していることが必要ということになってくる。

温故知新とはまさにそうした現在の社会環境、市場環境を知りぬいた上で、温めておいた故き知識をいかす知性のことをいうのです。

デザインをする上で過去を学ぶことが大切

千葉工業大学の三嶋くんのブログにこんなことが書いてありました。

デザインをする上で過去を学ぶことが大切

なぜ「過去を学ぶことが大切」かはここまで書いてきたとおりです。
さらにいえば、デザインという言葉が使われるようになるのも、様式=スタイルが共同体的紐帯からの自由度をもつようになる古典主義時代以降のことなのを思い出せば、過去の様式そのものを自在に使いこなす能力、過去の様式を自由に編集して組み合わせる能力こそがデザインスキルのひとつの要素であることもわかります。

深澤直人さんの言葉にもこんな言葉があります。

すばらしいものはもう過去に達成されていると思います。すべて完璧に達成されてしまっている。

発想の自由度を高めたければ、つまり、possibilityを高めたければ、知新ではなく温故にこそ頼る必要があるのです。

もちろん、先日引用したとおりで、

「学びて思はざれば即ち罔(くら)し、思ひて学ばざれば即ち殆(あやう)し」-これも神髄である。知識をため込んでいても思想がなければ何にもならない、といっているのだ。しかし逆に、義憤にかられようと世の矛盾に苦しもうとどんなに多感でものをよく感じ考えようと、知識がなければ危ない、といっている。両方なければ知性とはいえないのである。

なのだけれど。

解決すべき課題を思ひて学ばざればそりゃ殆(あやう)しですよね。そういう人は山ほどいるのが困ったところなんですけど。

   

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