今回のワークショップは、「人があつまる 魅力を伝える」をテーマに、5チーム×4名=20名の参加者が、各チームごとに渋谷の5つの商業施設(109、QFRONT、東急フードショー、東急ハンズ、ロフト)を魅力的に紹介する、見開き2ページ想定のインフォメーション・グラフィックスを作成するという内容でした。

アイデアスケッチをベースにチームでディスカッション
なかなかハードなスケジュールのなか、普段からデザイン関連の仕事をされている参加者の方々も苦労して制作物をつくっていました。やっぱり学生中心のワークショップに比べて、みなさん、仕事が早いのが印象的でした。
では、オブザーバーという客観的な立場で参加させていただき、感じたことを。
いつものように本来の場の目的からすると、すこし角度を変えた見方で。
5つの商業施設の魅力を伝えるインフォメーション・グラフィックス
今回、参加者には、事前に自分がどの商業施設を担当するかということとともに、その施設について調べておくという宿題が出されていました。とはいえ、いっしょに制作作業を行うメンバーとはこの日が初対面。さらに下記のようなタイムテーブルで実質2時間の制作時間という厳しい制約条件がありました。
- 09:30 開場(渋谷区立勤労福祉会館・第4洋室)
- 10:00 開会~挨拶
- 10:30~14:00 ディスカッション・現地調査・ランチ・説明用デザインラフ
- 14:00~14:30 シャッフルディスカッション1(10分×2)
- 14:30~15:30 デザイン制作
- 15:30~16:00 シャッフルディスカッション2(10分×2)
- 16:00~17:00 デザイン制作~完成
- 17:00 締め切り
- 17:00~18:30 発表~質問~講評~リフレクション
- 18:30 懇親会場に移動
僕は事前にこのスケジュールを見たときに、これは当日にフィールドワークをしてデザインの切り口を見つけたり、制作するインフォメーション・グラフィックスのコンテンツの元ネタとなる取材を行う時間はないなと感じました。
タイムテーブルを読みとる
さっきも書いたように実制作にあてられる時間は正味2時間。今回は模造紙をR25やmetro minutesなどのフリーペーパーの見開き2ページと見立てた作品制作を行うことが課題でしたが、2時間で模造紙を埋めるというのは作業を行うだけでいっぱいいっぱいではないかと思いました。僕も普段、このブログの1エントリーを書くのに、事前に何を書くかが頭に明確にある場合でも、30分から1時間かかります。事前に書く内容が決まっていなかったり、実際に文章に入れる情報素材がなければ、とてもその時間にはまとまりません。素材とアイデアが先にあるから、30分から1時間で終わります。
今回は、模造紙1枚分の情報を手描きで、しかも、グループワークによる作業で、グラフィック入りでまとめるには、2時間をめいっぱい使わないとどうにもならないだろうと感じたのです。

参加者の制作風景
そうなると、10:30~14:00の「ディスカッション・現地調査・ランチ・説明用デザインラフ」の3時間半をいかに使うかが大きなポイントになります。
メンバーは初対面なので挨拶をしますし、考えてきた宿題をお互い披露しあうのに、30分~1時間必要でしょう。それにお昼も食べるので、それも30分~1時間とみると、両方あわせてまぁ1時間半は必要だとします。すると、残りは2時間。説明用のラフをつくるのに30分とすれば、ディスカッション+現地調査で1時間半しかないことになります。もちろん、そのなかには現地まで行って帰ってくる時間が含まれます。
アイデア・素材・表現
じゃあ、この1時間半で何もするか?講師の小林さんは「アイデア+表現」だと言っていましたが、僕はそれに「ネタ(素材)」を加えなくてはいけないと思っています。おいしい料理は料理のアイデアと料理の腕だけではつくれません。たとえ、冷蔵庫の残り物でもとにかく食材がなくては料理は成立しません。
インフォメーション・グラフィックスも同じだと思うんです。
原研哉さんは、『なぜデザインなのか。』のなかでこんなことを言っています。
原 空いた手で棍棒を持つのは自然だけれども、たとえば川に行けば、2つの手を合わせて水をすくって飲んだはずです。それが器の始原。器という道具の原点、原型です。だから、「棍棒」と「器」。道具の始原は2つあると思うんです。
インフォメーション・グラフィックスにおけるデザインの部分というのは基本的にこの器のデザインだと思います。
器というとすこし語弊があるのですが、料理方法や味付けも含めて、元の情報素材をどう彩り、おいしい料理として食せる状態にするかということだと思うのです。
作業の時間配分に優先順位をつける
今回のワークショップでは、このネタの仕入れも必要でした。なぜならそれは運営者側から提供されるもののなかには含まれていなかったのですから。ないなら自分たちで仕入れるしかありません。話を戻すと、10:30~14:00の「ディスカッション・現地調査・ランチ・説明用デザインラフ」のうち、ディスカッション+現地調査に使える1時間半を、表現以外のアイデア出しとネタ調達にあてないといけないわけです。アイデア出しとネタ調達の両方をゼロからはじめてたった1時間半のあいだで満足できる状態までもっていくのはまず不可能です。
実際、僕もあるチームの現地取材についていってみましたが、あの短時間で担当する商業施設の魅力的なネタを探し当てるというのは困難です。

ロフトの現地取材を終えたチーム
このタイムテーブルが発表された事前の段階で、そのことに気づけた人が何人いたか? たとえ気づけなかったとしても、宿題で何をやってくる必要があるかがイメージできたか?
今回のワークショップのポイントはそこだったと思います。十分な時間を表現にあてるためには、アイデア出しとネタ調達を各自が事前にどれだけ行えたか、という点がポイントだったか、と。ようは必要な作業要素のそれぞれの時間配分にどう優先順位づけができたかです。取材が好きならそこに時間を割くのもありですが、そのほかに時間を割きたければ、ある程度、取材の部分は事前準備の段階にまわすしかないでしょう。
この自分自身の動き方のデザインが事前にどの程度できていたか、がひとつのポイントだったと思います。
フィールドワークと取材
実際、ある程度、アイデアを考えてくるということは参加者の誰もが多かれ少なかれやってきていたようでした。そこは仕事で普段もデザインをやっている方ばかりだったので問題はなかったようです。ただ、多くの方がUI系のデザインやWebのIAなどをやられている方でしたので、いわゆるコンテンツそのもの、情報そのものを事前に取材するという感覚はなかったのかもしれません。
さらに最近行ったフォトカードソートワークショップや横浜ワークショップ2008の参加者も多かったので、10:30~14:00で行う作業のなかに入っていた「現地取材」を「フィールドワーク」と読み違えた方もいました。わざわざ木村さんが「現地取材」と書いてくれていたのにね。
どうも、ここがごっちゃになってるようですが、「フィールドワーク」と「取材」の目的は似てるようで違います。
「取材」のほうは文字通り素材を取りにいくのが目的です。じゃあ、フィールドワークはどうかといえば、人類学や社会学などの研究分野で用いるフィールドワークならそこでの発見がそのまま素材になりますが、デザインにおけるフィールドワークは素材の発見というより切り口の発見、アイデアや表現のヒントとなる材料を発見することです。これまでのワークショップでもそうでしたが、フィールドワークで見つけたものをそのまま情報として表現する人が多いのですけど、それはちょっとフィールドワークの視点が違います。

制作物をプレゼンテーション
浅野先生が総評で言っていたフィールドワークの2つの観察のポイント「人間の行動を観察してパターンを見い出す」、「状況の観察から人の行動の背景を読み取る」のは、まさにデザインの切口=何のために何をデザインするかのコンセプトを明確にするための考えるきっかけを探すことが目的であって、研究課題でないかぎり、それがそのままコンテンツの情報要素になるわけではありません。
反対に、素材収集のための取材はコンセプトに具体的な肉づけをするための材料を探すことです。フィールドワークが骨格のための情報収集だとすれば、取材は肉となる情報を探す作業です。料理のたとえを繰り返せば、取材はまさしく食材の調達ですが、フィールドワークは料理する人が食べてもらう人が何を食べたいかを考えたり、料理の腕の引き出しを増やすために他店のメニューや調理法を参考にするための情報収集のようなものです。さらに違うたとえでいえば、今回求められた取材は漫画家や小説家が作品づくりのために行う取材に近いでしょう。
先入観を嫌うフィールドワーク、下調べが不可欠な取材
となれば、これを1時間程度で済ませようとすること自体に無理があります。どんなに優秀なライターだって下調べなしにはじめて行った場所ですんなりおもしろく書けそうなネタをみつけることなんてできません。そう。取材においては下調べが何より重要。そこがフィールドワークと根本的に違うところです。
フィールドワークでは先入観を排除するために事前にあまり下調べはしません。でも、取材では逆。あらかじめ、こういうものが欲しいなと思うものを具体的に仕入れるのが取材です。
とうぜん、欲しいものを手に入れるには取材先で何が手に入れられそうかがわかっている必要があります。買い物をする前に下調べするようなもの。本当に手に入れるかどうかは現地で自分の目でみて手で触れて決めるのだとしても目星はつけとかないと取材になりません。
インフォメーショングラフィックスをつくるというのは、そういうことかな、と。
グラフィックの世界は素人ながら、ウェブなどを長く経験してきた目からはそう思いました。
物語化の5つの要素
アイデアを実現する情報の構造やストーリーがあって、取材で集めた見る人に役立つ・関心をひく具体的な情報(商業施設なら具体的な店舗、商品あるいは特徴ある店員や企画)があり、それらを統合的にみせる表現が組み合わさってインフォメーショングラフィックスという情報表現が成り立つのかな、と。松岡正剛さんは『知の編集工学』のなかで物語化の5つの要素として次の5つを挙げています。
- ワールドモデル(世界構造)
- ストーリー(スクリプト、プロット)
- シーン(場面)
- キャラクター(登場人物)
- ナレーター(語り手)
今回のようなインフォメーション・グラフィックスを制作することを考える場合でも、この5つの要素は非常に参考になるのではないでしょうか?
取材またはフィールドワークで何を拾うかは、この要素のどれを現場・フィールドに求めるのかで変わってきます。
また、今回のようなインフォメーション・グラフィックスでいえば、実は現場=フィールドとは、グラフィックスの対象となる商業施設ではなくて、想定される読者がそのコンテンツを実際にみるシーンです。
なので、フィールドワークをするのであれば、むしろ、駅などに置いてあるR25やmetro minutesをどういう人が手に取り、それをどこでどう見るかを観察した方がいいんですね。ここもごっちゃにしてはいけないポイントです。

参加者の制作風景
見る人の意識に刺さる情報ってなんだろう?
やっぱり、そのことから落とし込んでいかないと、世界構造も、キャラクター(人物だけでなく具体的な店や商品も含めて)、シーンやストーリー、そして、ナレーターとしての表現の語り口も決まってこないはずです。
自分たちが見た物をそのまま伝えるのではないんですね。ここは勘違いしてはいけない点です。あくまで他人がみておもしろいはずだと思うものを見つけてくるのが取材です。あれ、これって他人が聞いておもしろい話だっけ?という問いがなくてはコミュニケーションは成立しません。だって、インフォメーション・グラフィックスを見る人は、絵を見たいのではなく、視覚的情報表現による情報そのものが見たいわけですから。
そこに役立つ情報はあるのか?
見る人にもわかるように、具体的なシーンやキャラクターを世界構造の上、ストーリーのなかで展開するには、やはり、それらしい情報が必要になるでしょう。今回であれば、各商業施設(あくまで商業のための施設です)の魅力を伝えるキャラクターやシーンが描けないと、どんなにしっかりした世界構造やストーリーを組み立てても、やっぱり魅力的に伝わるようにするのはむずかしいはずですから。
今回は残念ながら、「人があつまる 魅力を伝える」というテーマに対して、本来、商業施設の魅力であるはずの具体的な店舗の情報や売っている商品、あるいは興味をひくイベントや名物の店員さんなどの具体的な情報を制作物に盛り込めたチームは1つしかありませんでした。

事前の情報収集を行ったチームの制作物
そのチームのメンバーで実際の情報収集活動を担当した参加者に、どうやって情報を集めたのかと訊くと、事前にネットで情報収集をして臨んだということでした。というのも、前回の横浜ワークショップでフィールドワークだけではネタとなる情報ソースの収集はむずかしいという反省点を感じていたからだったそうです。
うん、こういう風にきちんと自分の体験から方法を改善していくというのはいいなと思います。運営者側としては、それこそを期待していますから。
それにしても、毎回感じることですが、参加された方が楽しそうに、かつ、ちゃんとその場から刺激をもらって帰って行ってくださるのは、ワークショップの場を提供する側に身をおく立場としては非常にありがたいし、やってよかったなと感じます。
そして、何よりこういう場で参加者からいろんなことを教えてもらえるのは、僕自身の方だったりします。
これからもこういう活動は続けていきたいし、広げていければと思いました。
今後の決定済みの予定としては、
- 10月18日、25日 ユーザー中心のWebサイト設計に関するワークショップ(参加応募締切ってます)
- 11月15日 第2回情報デザインフォーラム(若干空席あり)
があります。
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