2008年09月02日

狩野芳崖 悲母観音への軌跡

昨日の日曜日に、東京藝術大学大学美術館で行われている「狩野芳崖 悲母観音への軌跡−東京藝術大学所蔵品を中心に」を見に行ってきました。




展覧会名
狩野芳崖 悲母観音への軌跡−東京藝術大学所蔵品を中心に
会期
2008年8月26日(火)-9月23日(火・祝)
会場
東京藝術大学大学美術館 展示室1,2(地下2階展示室)
詳細情報
東京藝術大学大学美術館HP「狩野芳崖 悲母観音への軌跡−東京藝術大学所蔵品を中心に」

狩野芳崖の絶筆『悲母観音』は、日本画の幕を開けた記念碑的作品といわれています。
僕らはいま「日本画」の存在を疑いませんが、芳崖の『悲母観音』以前に「日本画」などというものは存在しなかったのです。

日本画という名称自体は明治初期の東京美術学校の「日本画科」のために、とりあえず岡倉天心によって用意されたものにすぎなかった。洋風画(洋画)あるいは「西洋画科」との対比のためである。それまでは日本画などという言葉はなかった。

東京美術学校はいまの東京藝術大学の前身です。芳崖はこの東京美術学校の教官に任命されていたが、開校の前年に『悲母観音』を遺してなくなっています。その東京美術学校で「日本画科」がつくられる。その「日本画科」において、そして、いまの東京藝術大学にとって芳崖の『悲母観音』は、最初の「日本画」として至宝となります。

長府藩御用絵師から『悲母観音』へ

松岡正剛さんの『山水思想』によれば、「日本画」という言葉ができる以前、日本で描かれる絵は「唐絵」に対して「倭絵」と呼ばれていました。それが「大和絵」になったり「やまと絵」になったりはしましたが、日本画とは呼ばれず、常にそれは唐=中国との関係で語られていたそうです。

江戸幕府の終わりまでは「定信お見通し―寛政視覚改革の治世学/タイモン・スクリーチ」でも書いたように、一部で西洋の絵が入ってきて、狩野派的な伝統的画法に対して、円山応挙に代表されるような写生的な画法が生み出されたりもしましたが、それでも幕末まではあくまでそれは中国の絵に対する、やまとの絵でした。

それが明治になって堰を切ったように西洋画が流れ込んできます。
芳崖は江戸に生まれ、長府藩御用絵師として50歳まで過ごしています。フェノロサと知り合ったときには54歳。それまでは雪舟や過去の狩野派の模写などを通じて、様々な画法を自分のものにしていました。しかし、その多彩な画法にはとうぜん西洋の画法は含まれません。

今回の展覧会では模写も含めて、様々な画法による表現を試みた芳崖の画業を一覧できます。その様々な画法による表現の試みは、「対決−巨匠たちの日本美術」でみた雪舟から永徳や等伯、さらには応挙や若冲、蕭白を辿った日本における画法の変遷を感じさせます。まさに西洋においてバロック・ロココ以降に新古典主義があらわれたかのように、江戸期の芳崖にはさまざまな古典的画法を飲み込んで、それを一枚の絵にみせるような折衷的な画面がみられます。

明治に入ってフェノロサに出会うと、西洋画の色をいかに自身の絵に取り込むかという点で、様々な試みが行われたました。『悲母観音』に至るあいだの『仁王捉鬼』『岩石図』もそれぞれまったく異なる画法に絵ながら圧巻でした。

世界を驚かせる日本画の必要

芳崖が苦闘するあいだ、フェノロサと天心も日本の絵を絵画に認めてもらおうと積極的に動きます。ところが海外で評価を受けるのは当時の日本の絵ではなく、室町や安土桃山の時代の雪舟や相阿弥、狩野元信、狩野永徳、狩野探幽などの絵だったそうです。そのことを知ってフェノロサと天心の二人は「世界を驚かせる日本画の必要」を感じたのです。

帰国した二人は芳崖に本格的な「日本画」を描かせようとした。水墨皴法による伝統的な技法ではなく、皴法をなるべく省いてそのかわり濃淡による陰影をつけ、色彩を豊富にした新たな「洋風日本画」ともいうべきものだった。

その結果、描かれたのが、呉道子の観音像の粉本、ヨーロッパのマリア像、狩野派の伝統技法のあらん限りを駆使した『悲母観音』でした。芳崖は『悲母観音』を描きあげた4日後になくなったそうです。

最近、「山水思想/松岡正剛」や「定信お見通し―寛政視覚改革の治世学/タイモン・スクリーチ」「江戸はネットワーク/田中優子」などの本などを読んで、日本における図像学(イコノロジー)的な研究に興味をもっていましたが、雪舟から続いた日本の絵画の流れが断絶するように見えるのが、この芳崖が日本画を生み出した地点です。狩野派自体、芳崖を最後についえますし、これ以降はあたかも最初から「日本画」というものが存在していたかのような誤解がはびこる近代になっていくわけです。

この断絶、そして、それ以降にさかのぼることができない現代の日本人の極度の無知。いや、無知以上に無知であることを知らずにいることに対して、最近とても強い危機感をおぼえるのです。

 

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posted by HIROKI tanahashi at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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