2008年06月23日

近代文化史入門 超英文学講義/高山宏

昨日の「バガボンド(放浪者)の経験知」というエントリーでも紹介しましたが、高山宏さんの『近代文化史入門 超英文学講義』という本は、すでに「デザイン関係者必読の本」として紹介させてもらった『表象の芸術工学』同様、ぜひ読んでおきたい一冊です。

『表象の芸術工学』が神戸芸術大学でデザインを学ぶ学生、院生に対する講義の収録だったのに対して、この本では、高山さんが本来専門としている、18世紀英文学が中心テーマとなっています。しかし、高山さん自身が「プロローグ」で以下のように書くように、その範囲は「英文学」などという領域をはるかに超えています。

これから、急ぎ足ではあるが、ぼくが30年かけて考えてきた「英文学」について記す。しかし、そのカヴァーする範囲は、いわゆる文学の領域を大きく「超」えていくだろう。つまりは、近代思想の大きな潮流をとらえる試みになるだろう。(中略)メインはぼくなりに頭に入れてきた「見る」近代の歴史、その中での文学の位置づけである。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

なにしろ「プロローグ」ではいきなりニュートンの『光学』を登場させて「彼を抜きにして18世紀以降の英文学は存在しないといえるのだ」と来る。しかし、読んでいくとわかるが、ニュートンを抜きにして存在しないのは「18世紀以降の英文学」だけでなく、「見る」近代の歴史、つまりは現在につながる文化そのものが存在しないし、理解できないことがわかってきます。

ずっと前に、カンブリア紀の生物の大進化の謎を「眼の進化」という角度から解いたアンドリュー・パーカーの『眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く』という本を紹介しましたが、この本で高山さんが読み解く近代文化史もまた同様に、視覚技術・視覚表現の変容そのものが近代の文化・思想を大きく変化させていく様をダイナミックに描いている点で、非常に興味深いし、『表象の芸術工学』同様にデザインという視覚文化に関わる方にはぜひおすすめしたい一冊です。

王立協会と普遍言語とバイナリー

最近、なんとなく感じるのが、みんな、歴史が苦手で、歴史を自分の問題とうまくつなげられてないよなということです。自分と歴史の問題を関係づけられないために、歴史の話をただひたすら無視するだけだし、関心をもつことさえできない。でも、実際に社会も思想も歴史とつながっちゃってるがゆえに、歴史を無視してると、現在さえも理解できないわけです。

さらに歴史に対してはなんとか食わず嫌いにならずに済んだとしても、今度は分野の壁に阻まれます。文学史、哲学史、科学史、美術史はそれぞれ独立して存在するかのように異分野の動きを捉えられず、コミュニケーションの手段がなかったりします。高山さんが「超」英文学史として、この本を書いているのもそこを問題視するからです。

そんな高山さんは、この本のなかで1660年代という時期を非常に重視しています。

イギリスでは、1642年に清教徒革命が起き、1649年にチャールズ1世を処刑して王政が廃止されます。それ以降、「ピューリタン以前のあらゆるものが排斥され」、シェークスピア演劇さえ禁止されます。1660年に王政復古がなされますが、ピューリタンの力が弱まったわけではありません。1660年はロンドンに王立協会(ロイヤル・ソサエティ)ができた年でもあります。正確には「自然知を促進するためのロンドン王立協会」です。先のニュートンも4代目総裁を務めていることからも想像されるように、ピューリタンの自然科学者による集団です。

この王立協会がシェークスピア演劇を排斥した理由の1つに、そこで用いられる英語が基本的に書かれた台本ではなく、舞台で声を通じて発話される台詞であり、それゆえに非常に両義的・多義的な意味を含んでいたからです。
この意味の両義性・多義性を王立協会は嫌った。なにしろ自然科学者の集団ですから、言葉にもあいまいなものを認めず、ひとつの言葉はひとつの意味をあらわせと「シンプル・イズ・ベスト」を目指します。そして、普遍言語といわれる言語のラディカルな改革運動をはじめ、実質上の初代総裁であった数学者のジョン・ウィルキンズによって0と1とバイナリー(二進法)によって何でもあらわせるというアイデアが提出されます。ちょうと海を挟んだ大陸側でライプニッツが同じことを考えていた時代です。

ここでヨーロッパの文学観は一気にコンピューティングの問題と重なります。両義性や多義性を嫌い、あいまいさを排除した一義的な言語を目指して、一気にコンピュータの問題に近いところに行き着いたのが1660年代の王立協会です。このことを見ただけでも、遠い昔の話で自分とは関係のない話だと無視することはできないなと思うのですが、いかがでしょうか。

日記の誕生

僕がこの本で興味を持ったのは、昨日の「バガボンド(放浪者)の経験知」で書いた、見ることを重視した経験とピクチャレスク・絵を重視する時代ということともう1つ、これから書こうと思う、日記、個室、テーブルの関係です。

日記など昔から存在していたように考えがちですが、これも1660年代のピューリタンの登場とは無縁ではないというから驚きです。この本を読んでいると、今あるもののほとんどがこの頃の発明だということがわかります。株式会社、紙幣、保険、ミュージアム(そして、すこし後のデパート)、百科事典、などなど。

その発明の1つに日記もあるのです。

ピューリタンはデータが好きだ。「つくられたもの」という意味しかない「ファクト(fact)」という言葉が「事実」という意味になった1630年代から、ピューリタニズムは、データを集積すればリアリティに近づくという思い込みになってあらわれる。つまり、日々のデータを累積することを考え始めた。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

ピューリタンはそれまでの教会やそこで行われた儀式をナンセンスなものと考えます。印刷術の発達のおかげで聖書は一人ひとりが自分の個室で読めるようになり、それまでの音読から黙読の習慣に移ります。それまで表立ったものだった声が黙読により内にこもることで、内面なるものが存在するように思えるようになるのもこの時期でしょう。
これはシェークスピア演劇が崩壊する一方で、シェークスピアが活字に読めるようになる時期とも重なります。舞台の上で声をかけあうものから、活字を目で追う文学となります。

ちなみに個室の誕生もまさにこの時期なのです。個室はピューリタニズムが一人ひとりが神と向き合う場所を要請したことから生まれたものです。同時にそれまで一家に一台だったテーブルも、各部屋に備え付けられるようになると同時に、用途別のテーブルがつくられるようになります。
つまり、個室や用途別のテーブルというのものもこの時代の発明というわけです。さらにいえば鍵穴から覗くというエロティスズムも、監禁や密室というそれ以降、さまざまな小説に登場するテーマもここで発明されたわけです。先の黙読による内面の出現とともに個室、そして、覗かれる対象としての個人の成立こそが近代における個人を成立させる背景といえます。

この時代に発明された個室でピューリタンたちは神父や教会を媒介とせずに、直接神と1対1で向き合います。そこで彼らが用いたのが「スピリチュアル・ダイアリー」という自分の心を神と自分に分けて綴ったモノローグ型の日記でした。日記という文学形式の発明です。内面をもった個人がそれぞれの日記という文学を持つことが可能になったのです。

これが昨日も触れたデフォーの『ロビンソン・クルーソー』の中での日記形式の表現にもつながっていくわけです。内面を持つ個人が可能でなければ、経験による成長も可能ではありません。もちろん、昨日書いたように道路や運河などのネットワークの整備がなければ、旅という成長のための経験を可能にする方法も生まれなかったわけです。この時期の様々な発明のうえに「個人」というものが可能になっていることは忘れないほうがいいでしょう。その意味では現在のような意味での「個人」自体がこの時代の発明なのです。

さらにいえば、「データを集積すればリアリティに近づく」、そのために「日々のデータを累積する」という発想は、Googleを中心としたインターネットでの知の蓄積、ブログというツールを使った日常のログの蓄積ともつながっているようで、僕は不気味な印象さえ受けます。

テーブルにのせて、分類する

ちょうどjapan.internet.comに「Google の巨大テーブル」という記事が載っていましたが、なぜデータベースのファイルシステムに「テーブル」という言葉が使われるのでしょうか。
18世紀は絵(タブロー)の時代でもあったわけですが、フランス語のタブローはもともと板を意味するラテン語・ターブラから来ているもので、これはターブル(テーブル)と同語源です。絵とデータベースとテーブルに何の関係があるのでしょう

イギリスにはフランスやドイツには不思議な文学ジャンルとして「テーブル・トーク」なるジャンルがあるそうです。18世紀のイギリスには日本の茶会にも通じる「コーヒー・ハウス」の文化がありました。朝から晩まで男たちはコーヒーハウスでコーヒーを飲みながら様々な話題に花を咲かせたそうです。その英国版茶会での話をそのまま記載したのが「テーブル・トーク」なる文学だそうです。
会話が文化の中心であり、おなじころ、流行った絵の形式に「カンバセーション・ピーシーズ」があるそうですが、この絵でも家族がテーブルを囲んだ様子が描かれており、そのテーブルには博物学的な趣味で集められた様々な珍品奇品が無造作に置かれていました。

博物学はこれまで書いてきたように、ブンダーカンマー(驚異の部屋)なる流行を生みました。英語ではキャビネット・オブ・キュリオシティーズです。角が3本ある鹿だとか、足が五本ある牛だとかが、貴重な絵画といっしょくたにおさめられた部屋です。先の「カンバセーション・ピーシーズ」のテーブルに描かれたのもその一部です。

しかし、1753年ハンス・スローンという個人的なキャビネットが国家に遺贈されたのを機に、いっしょくたの文化が一変します。大英博物館条例ができたのです。

大雑把にいうと、びっくりさせてくれるものをとにかくたくさん集めて、その物量で「どうだ、オレの方が偉い」などといっていた「驚異」の文化が、1753年に消滅したということである。そして、国家管理になったときに、王立協会の生物学者たちがそれを管理することになった。そう、「人が話す言葉はシンプル・イズ・ベスト」などといっている連中が、一角や二角のサイを扱うようになる「差異の世界」である。フーコーが「類似」の世界と呼んだ魔術的世界がここで終わる。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

いっしょくたの文化は分類の文化に変わります。
テーブルはいっしょくたにものを乗せるところから、きれいに物事を視覚的に分けて分析/分類して保管するところに変わるのです。タブローとしての絵はそこで驚異(びっくり)を与えるものから、チェンバーズの『サイクロペディア』の細密画のように言葉を補足するものに、分析的思考に従属するものに変わるのです。
ここまでくればデータベースのテーブルとかなり近づいています。

<フーコーが「類似」の世界と呼んだ魔術的世界がここで終わ>ったのです。そして、それが終わったあとの世界はなんと現代まで地続きであるかに僕は驚きます。
バイナリーの言語にしろ、分類のためのテーブルにしろ、データの蓄積から生まれるリアリティーにしろ、それは1660年代からあまり大した変化なく、いまここにあります。一方で、高山さんのようにバラバラな世界を無理やりつなぐ話ができない人がいない限り、1660年代と現代のつながりは見えないままであるということに僕はさらに驚きを感じます。

昨日も引用しましたが、最後にもう一度、この言葉を引用しておかなくてはいけないでしょう。

日本語の「分かる」というのは、「分ける」から派生したという、ぼくにとってもなかなか都合のいい説がある。近代人が「物が分かる」というのは、AとBがいかにちがうかを認識できたときに出発する。ところが、それでは世の中が見えないと考えるところから、「分け」ないで「つなぐ」というオルタナティブな方法が目指される。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

データを蓄積して、分類する。「それでは世の中が見えない」。「分け」ないで「つなぐ」というオルタナティブな方法−差異ではなく類似に着目する魔術的な方法も復活させないと、このバラバラな盲目な世界で僕らは検索以外のほうほうで何物にも出会えないのかもしれません。
それは目をもたないカンブリア紀以前の盲目の生物が、ただ口を開けて偶然エサが飛び込んでくるのを待つしかなかった状況とあまりに酷似しているのではないかと思えるのです。



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posted by HIROKI tanahashi at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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