バガボンド(放浪者)の経験知

やっぱ行動しなきゃダメでしょという主旨で書いたのが、「機会がないとか経験がないとかいうけれど」というエントリーでしたが、『表象の芸術工学』を「デザイン関係者必読の本」として紹介した高山宏さんが別の本『近代文化史入門』で「経験」に関しておもしろい話を書いてたので、ちょっとそれについて書いておこうか、と。

18世紀半ば、イギリスでは「エクスペリエンス」という言葉がキーワードになる。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

言われて気づきましたけど、確かにイギリスって経験論哲学の国でしたね。この経験論哲学の「経験」に高山さんはとんでもないつながりを見出してしまってます。

イギリス人の「経験」観をわかりやすく示すならば、イギリス人のこの曲線路好きを挙げればよいとぼくは思う。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

「この曲線路好き」とは、「デザイン関係者必読」に耳を貸して『表象の芸術工学』を読みはじめた人にはわかるように、英国式庭園の蛇行する路を指しています。18世紀にイギリス人は国中いっせいに「イタリア亜流の風景」を再現した英国式庭園をつくります。この流行を理解するには、それ以前のピクチャレスクの流行、さらにそれに先んじるグランド・ツアーの流行を理解しないとわからない。そして、それがわからなければ近代デザインも、エクスペリエンスをキーワードにした現在のデザインの流行も決してわからないと僕は思います。

その意味で高山宏さんの『表象の芸術工学』やこの『近代文化史入門』という本はいまこそ読んでおくべきです。

ピカレスク・ロマンと『バガボンド』

さて、では、どうして18世紀中盤のイギリスで「エクスペリエンス」がキーワードとなったのかといえば、その少し前の18世紀の前半がイギリスの「道路と運河のネットワーク拡張期に当たる」からだと高山さんは示しています。道路や運河が整備されて人々がいろんな場所を旅して歩くようになったのです。旅が可能になると、それまで身近ではできなかった経験がとうぜんいろいろとできるようになる。

この頃、現代のロード・ムーヴィーにもつながるような「最初から最後まで主人公が歩き続ける小説、ピカレスク・ロマン」が流行します。高山さんはその背景に注目します。

その起源を『ドン・キホーテ』に代表される16世紀のスペイン・ピカレスクに見出すことができるピカレスク・ロマンは、父を捨て、ふるさとを捨てて、最後は南米にまで行きつく主人公の漂流を描いたダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー漂流記』が最も有名な一冊。このピカレスク・ロマンという小説のスタイルが流行したのは、道路と運河の整備と同時に、グランド・ツアーの流行にもつながるヴァガボンド(放浪者)取締法が解除され、自由に旅行できるようになったことも大きいと高山さんは見ています。
ピカレスク・ロマンは「1冊読めば十分」だと高山さんが言うように、その内容はマンガ『バガボンド』のなかで宮本武蔵が放浪しながら成長するのと同様に、ピカレスク・ロマンにおいても旅で「経験」を積むことで主人公は成長を遂げて富を得るという紋切り型のストーリーです。

世界を舞台に延々と旅しながら、泊まる宿屋で新しい人と会いながら自分の考えがいかに相対的につならないものか、あるいはいいものかということを勉強しながら、一歩一歩すごろくのように上がりのロンドンに近づいていく。ロンドンに近づくと学習(エクスペリエンス)の功徳か、死んでいたはずの親父が「実は生きていたぞ」と突然登場し、しかも大金持ちになっていて、「はい、遺産。めでたしめでてし」となる。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

武蔵が天下無双を目指して放浪するなかで、次々と強い相手と出会いつつ、「自分の考えがいかに相対的につならないものか、あるいはいいものかということを勉強しながら」ストーリーが展開するのと共通点があります。

『ロビンソン・クルーソー』と『サイクロペディア』の実践の知

そして、この旅路での人との出会いや今まで見たことがないものを見るという経験が成功につながる学習だと考えられたのが、18世紀のイギリスの価値観だったわけです。

デフォーの『ロビンソン・クルーソー』の9年後、スウィフトの『ガリバー旅行記』の2年後の1728年に、世界ではじめてのアルファベット順の索引をもつイーフリアム・チェンバーズによる百科事典『サイクロペディア』が出ます。

この百科事典は、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』が小説という表現をとりながら、書かれた内容は魚の釣り方、その釣り針の作り方、穴の掘り方、屋根の作り方というきわめて実践的な知識を扱ったのと同様に、学者の知を集めたものではなく実践の知を集めたものとなっていたそうです。ここでも学者的な脳の知よりも、身体を使った実践・経験に着目されているわけです。実際、デフォーは小説家ではなく、イギリス最初期の新聞の編集者・ジャーナリストで、ロンドンのシティー地区の大商人でした。NewsとNovelはいずれも新しさを扱うジャンルというだけで新聞と小説に区別がない時代でした。
そもそも小説や百科事典というのはジャンルとしてあったわけではないので、『ロビンソン・クルーソー』と『サイクロペディア』は単に違うテーマを別の表現であらわしただけと見たほうがいいのかもしれません。

蒙(くら)き啓(ひら)く

そんな『サイクロペディア』は「手わざ」に関する知識を図版と言葉の一対で示した百科事典です。具体的なイメージがわかない人は、ぜひwikipediaのイーフレーム・チェンバーズの項目に掲載されている図版を見てほしい。
その『サイクロペディア』の項目に「アナトミー(解剖学)」と「シッピング(航海)」という項目があります。共通するのはどちらもそのままでは見えない(人体の、船体の)構造を断面図にして開いて(拓いて)見せていることです。18世紀には解剖学同様に、顕微鏡視も流行しますが、これまで見えなかったものを見えるようにする可視化の技術がほかでもない蒙(くら)き啓(ひら)く啓蒙に大きな影響を与えます。暗くて見えなかったところに光を当てて見えるようにすることがそのまま知であり、啓蒙なわけです。

I see that.(わかった)

それゆえ、高山さんはこの『近代文化史入門』という本のはじめをニュートンの『光学』(1704)からはじめているんですね。
そこから「見る」ことの意味が変化し、見ることそのものが知だと認識される社会が18世紀の100年間成立するわけです。

「I see that.(わかった)」とは、まさに言い得て妙の英語である。「私が見る」ということと同時に「私はわかる」を意味するのである。「見ない限りは理解しない」のである。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

これがピカレスク・ロマンで、主人公が旅をしながら様々なものを見、さまざまな人に出会うことが、そのまま成功につながるという物語を可能にする背景にあるもの>でしょう。
経験とは何より見る経験であり、その経験がそのまま18世紀的な知であったわけです。それがわからないと、バーバラ・スタフォードが『グッド・ルッキング―イメージング新世紀へ』でまさに18世紀の「グッド・ルッキング」「グッド・イメージ」を重視した世界に着目する理由も見えてきません。

「分ける」知と「つなぐ」知

ここらへんをよく理解できるようになると、「行動せよ(特に観よ)」で書いた、「わかる」にも大きく分けて2種類あるということがわかるようになります。

日本語の「分かる」というのは、「分ける」から派生したという、ぼくにとってもなかなか都合のいい説がある。近代人が「物が分かる」というのは、AとBがいかにちがうかを認識できたときに出発する。ところが、それでは世の中が見えないと考えるところから、「分け」ないで「つなぐ」というオルタナティブな方法が目指される。
高山宏『近代文化史入門 超英文学講義』

とにかくバラバラなものでもつないで、そこから1つの統一体を生み出すというマニエリスム的な発想は、18世紀のイギリスのピクチャレスクや英国式庭園の技法にも見出されるし、『ロビンソン・クルーソー』や『サイクロペディア』のような小説や百科事典という細分化されたジャンルが確立される前の本の表現にも表れるわけです。

ただし、19世紀以降、こうした見てわかるというイメージの力は、言葉の力の前に抑圧され、忘れられていくことになります。『サイクロペディア』自体の精密な絵そのものが言葉を説明するイラストレーション的な役割として言葉に従属するとともに、たくさんのものを並べて分けることで「わかる」という分類学(タクソノミー)的な思考を可能にしはじめます。そこから、言葉・論理の力が上であり、イメージ・直観の力はあくまで下だという理屈がまかり通り、それがほとんど誰も疑わない信仰と化す。「わかる」ということ自体が経験的なそれから分析的なそれへと変容し、見ることから読むことへと知の比重も移っていくわけです。このへんの話を理解せずに情報デザインだの、情報の分類だの、構造化だの言ってるのはどうかしてるよなって思います。

とにかく、そんなわけで言葉が上で、イメージはそれに従属するものって扱いが当たり前になっていく。それじゃあ、学校の勉強も企業における業務も、やたら知識を詰め込み、机上の論理ばかりを重視するようになってしまうのも仕方ないのかもしれないですね。しかも、イメージに関わる仕事をしている人、デザインに関わる仕事をしてる人がそれをすこしも疑わないわけでしょ。「世の中が見えない」まま、デザインしてるわけだから、ろくなものができるわけないですよね。

本来が測定不可能なものだということを弁えた倫理的美学

ただ、世の中の信仰がそう(言語が上、イメージは下)であったとしても、それに必ずしも従ってればよいというわけではないでしょう。
スタフォードが問題にしてるのもまさにそうした点です。

芸術も人生同様、どっちつかずの世界が相手である。そうやって本来が測定不可能なものだということを弁えた倫理的美学をつくりださない限り、数とか言葉とかで云々できる精確さに欠けている、即ち腐敗のしるしとする見方がこれからも威張ってまかり通るだろう。

「本来が測定不可能なものだということを弁えた倫理的美学」こそが、バガボンド(放浪者)の経験知につながるものだと思うんですよね。別に分析的な知が悪いというのではないけど、経験によって視覚的に・構造的に「つなぐ」知のほうが悪くいわれる筋合いもない。

行動もしないで、とにかく、うんうん唸って分析してわかるのではなく、とにかく動いてみて見た経験によってバラバラの世界をつなげることによってわかるという方法。「分ける」知ではなく、このと「つなぐ」知というものがわからないと、まさに「世の中が見えない」のだと思います。見えてもいなければ、まともに歩けるわけもないわけで、それで余計に行動できなくなってしまうのではないでしょうか。

『バガボンド』の武蔵のように、とにかく強いものに立ち向かっていってみるという姿勢が足りないのかな、と。

   

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