ウェブ人材として育つための3姿勢+5つの実践(後編)

ウェブ人材として育つための3つの基本姿勢について書かせてもらった「ウェブ人材として育つための3姿勢+5つの実践(前編)」に引き続き、この後編では、自分で育っていくための実践的な方法を5つばかりご紹介。

もちろん、僕が思う実践の方法ですので、これだけやっていればいいってもんじゃないでしょうし、中にはこういう方法が向かない人もいると思いますので、そのあたりはご了承を。あくまで僕自身の経験からいえる5つの方法だと考えていただき、真似してもいいかなと思う人だけ参考にしてくれるといいかなと思います。

Web人材として育つための5つの実践

では、さっそく1つ1つ、実践的な「育ち方」を紹介していくことにします。

とりあえず5年間で300冊を目指そう
ウェブの情報を毎日せっせと収集するだけで、何か知識を得ていると思うのは間違いです。それよりもやっぱり本を読みましょう。
月に5冊くらいなら読めますよね。5冊なら金額的にもそれほど負担にならないのではないでしょうか? でもね、毎月5冊をコンスタントに読むのを5年間続けたら300冊読めるんです。僕自身、決して本を読むのは早い方じゃないので、おそらく月に5冊から多くても10冊くらいしか読んでません。でも、このペースをたぶん7~8年は続けてるとは思います。それまでももうすこしムラがあったけど、月に数冊は読んでたと思うので、それなりにいろんな本を読んできたし、いろんな分野のいろんなものの見方に触れることができました。別に小説とかマンガも含めていいと思うんですよ。その場合、もうすこしペースを上げたり、そればかりに偏らないことは必要だと思いますけど。

ところで、なんでウェブじゃダメで、本がいいか。ウェブって基本的に「いま」を断片的に、高速に、収集して扱うのにはいいと思うのですが、ある程度、まとまった考察や継続的な思考を提示するのには向いていないと思っています。今後は変わる可能性はあるかもしれませんが、現時点ではそうだと思います。新聞のニュースや雑誌記事がウェブに置き換わることはあっても、1冊で1つのテーマを扱うような書籍だとウェブに置き換えるのは現時点ではむずかしいだろうな、と。
僕自身、最近本を書かせてもらって感じたのですが、書く側の思考や姿勢もウェブの文章と本になる文章をつくるのではぜんぜん違うと思うんです。同じ何十万文字もの文章でもブログを毎日書き続けて数ヵ月後にその文字数に達するのと、1つのテーマで構成された1冊の本用にその文字数を書きあげるのとでは、まるで思考の仕方が違います。そんなところからもウェブからは得られない知識が本には詰まっている可能性はすごく高いだろうと思いますし、だからこそ、僕は本を読んでるのだろうと思います。
というわけで5年間で300冊。まずはこれをやってみてください。何を読めばいいか? 例えば、「『ペルソナ作って、それからどうするの?』といっしょに読みたい参考文献:1.デザイン編2.認知科学・UCD編3.日本文化・ものづくり編4.脳と意識、生物編」などをご参考に。

美術館・博物館に行く、旅行に行く
本を読むのが多くのテキストに触れる体験なら、美術館や博物館で多くのビジュアル・イメージに触れるということも、ウェブというものの情報デザインに関わる人には欠かせない経験だと僕は思います。テキスト情報では起こりえない、一目でパッと見てわかるという感覚を養うことが大切だと思うからです。
まぁ、ビジュアルに触れるという意味では、マンガでも、雑誌のビジュアルも含めてもいいと思うんです。ただ、それだけだとちょっと足りないなと思うのは、マンガや雑誌だとどうしても現代のものだけになっちゃうじゃないですか。そこだけがいけていない、と。芸術とマンガのビジュアルの価値を区別する必要なんてないんです。ただ、現代の思想のうえに成り立つビジュアル・イメージに限られてしまうのが唯一マンガに足りない点でしょうか。
同じように、美術品と博物館に並べられているような蒐集品との区別もいらないと思ってます。そもそも美術品をファインアートなんて呼んで、その他のものと区別したのは近代になってからです。バーバラ・スタフォードの『グッド・ルッキング』や『ヴィジュアル・アナロジー』、高山宏さんの『表象の芸術工学』なんかを読めば、美術的な絵画も顕微鏡で覗かれた世界像も珍しい貝殻もみんな同じ貴重な蒐集対象だったことがわかります。そこにヘンテコな区分をつけちゃうクセができたのが近代のいけないところ。ちょっと分野が違えば隣の人とも話せない。しかも「ウェブがウェブが」とひきこもりの現象も生まれる。そんな頭で区分した上で「見る」ということをやめて、もっと事物を直観的に見る目をもたないといけないと思ってます。とにかくいろんなものを見て、目に焼き付けて、そのイメージを自分の身体に蒐集していく。画集やビジュアル・イメージがいっぱいの本も集めてもいい。
それから、いろんなビジュアル・イメージに触れるという意味では旅行もいいと思います。たとえば、東北と関東、関西ではそれぞれ木が違う、森が違う。そういうことにパッと気づく目があるか。京都・嵯峨野の天龍寺の庭と山梨の恵林寺の庭がおなじ夢窓疎石の作庭の庭だと目で見てわかるか。そんな風に見る力を養わないで何がデザインなの?って思います。

他人と話をする
他人と話のできない人はウェブに限らず、仕事をするうえでは結構苦労するでしょう。それも自分が普段から仲良く話している人ではなく、クライアントやあまり話をする機会がない上司や他部門の人にも、きちんと自分の考えを伝えたり、相手の話に耳を傾け、不明な点は適切な質問でおぎなえるかということは大事なことだと思います。「前編」でも領域を越えようと書いてきましたし、これまでも「自分の視野を広げるためにも他人の意見には耳を傾けなきゃ」や「他人の話を聞く技術:べからず集とうまい聞き方のコツ」なんてエントリーを書いているように、僕は何より自分を鍛えるためにはいかに他人の話に耳を傾け、そのことで自分の視野を広げる力を身につけるかがすごく大事だと思っています。
最初に本を読みましょうと書いてますけど、本を読むのは単に知識を得るだけじゃなくて、やっぱり自分とは違う見方ができるようになるためなんですね。その意味では他人と話すのも同じ。「危機感・問題意識創出のためのプラクティス その5つの軸」では、危機感や問題意識をもつためには日常の文脈でぼーっとしてるだけではダメで、積極的に自分の普段の見方・視点の軸を移動することが必要と書き、そのなかで他人の視点を取り入れるという方法を提案していますが、まさに危機感・問題意識をもち、そこから自分の頭で考えるという行為に移るためには、きっかけとして本を読んだり、他人の話に耳を傾けたりすることで、ものを見る軸を変える練習を普段からしておいたほうがいい。もちろん、それだけじゃなく、いろんな人と話すことで自分自身のネットワークが広がるということもありますしね。

仕事では積極的にチャレンジを
結局、ここまで挙げた3つっていかに自分の経験の量と質をいかにして上げるかということだと要約することもできます。その意味では4つ目のこの実践も同じなんですよね。仕事の中でもどんどん新しいことにチャレンジすることが大事だと思います。今までやったことのない仕事でもどんどん積極的に取り組んでいく。なかなか新しい仕事なんてさせてもらえないという人もいるかもしれませんけど、それって自分自身でそういうオーラが出せてないんだと思いますよ。具体的にこういう仕事をやりたいということでもいいし、とにかく、なんでも新しいことにチャレンジするよっていうオーラを自分から積極的に出してくれないと、そりゃ、まわりだって新しい仕事をふったりしないですよ。やる気さえ感じられれば、経験は問わずに新しいことにチャレンジさせてくれる人なんてたくさんいると思いますよ。僕なんてまわりにそういうオーラを出してる人がいたら、どんどん仕事をふりますよ。そしたら、自分もまたその空いた時間で次の仕事にチャレンジできるし。そうやってスキルが伝承されて回っていく仕事環境って活気があるし、伸びていくんでしょうね。そのためにも一人ひとりがオーラを出してくれないといけないんですよね。

マニュアルに頼らず直観に頼る
よく考えてから行動する。そのよく考えてが自分の経験をもとに考えるならいいんですけど、そこで既存の方法を見つけてそれに沿って行動しようとすることを意味するなら、「よく考えてから行動する」ことほどつまらないことはありません。そんなことなら直観に頼って行動するほうがよっぽどいいと肝に銘じてください。そもそもマニュアルに頼るのは正しいやり方があると期待するからかもしれませんが、そんなものないし、仕事で期待されるのは正しいやり方より結果ですしね。
失敗や恥をかくことをおそれるのも無駄。そんなのおそれて失敗したり恥をかいたりできなければ、いつまで経ってもどうすれば失敗するか恥をかくのかということを直観的にわかるようにはなりませんから。とにかく自分の身体に知識や知恵を植え付けなきゃだめです。そうでなければ頭が知識を使えるようになんかなりません。
反射的に頭がアイデアを思いついたり、目の前で展開される会話の論点や状況における問題点をつかむには、どれだけ自分のなかに経験から蓄積された身体的な知のパターンがアーカイブされてるかに依ります。そのためには誰かがつくった正攻法としてのマニュアルにだけ頼って、自分の行動すら自分の身体とは切り離された状態に置いてしまうのは何をやろうと時間の無駄です。せっかく自分で選んで自分で行動できる機会が与えられるのだから、恥も失敗も覚悟でせいいっぱい自分の力で取り組まなければ貴重な経験なんて得られません。ウェブ上のライフハックものを参考にするのはいいですけど、それはあくまでアイデアとして自分の思考を刺激するものとして受け止めましょう。大事なのは自分の直観に基づき行動することで、直観そのものを鍛えていくことだと思います。しょせん、ウェブでもデザインに関わる以上、最初にパッと絵が浮かばないようでは話になりませんから。

と、僕自身がどうやってきたのか?と照らし合わせて並べてみた5つの実践ですけど、参考になりましたでしょうか?

時間をかけてゆっくりと

見事にウェブのことをこうやって勉強しましょうなんて項目はなかったですよね。これには理由は2つあります。

ひとつはウェブ業界うんぬんという前にやはりビジネスで活きる人材になるということがあると思います。ウェブ業界といったって、役に立つ人材であるための条件がほかと大きく違うというわけではないと思うのです。「つぶしがきく」とか言いますが、僕が思うに「つぶしがきく」人は最初からどんな業界でもそれなりにやっていけるものをもっているのでしょうし、逆にそうじゃない人は自分がいた業界でさえ、単に表面的な知識をたくさん持っているだけなのではないかという気がしています。

もうひとつはウェブのことは、普通にいまウェブの仕事をしてる環境であれば自然に身につくと思うんですよ。学生さんなら別ですけど、社会人だったらほっといても目の前にウェブの仕事はあるわけでしょ。だから、そんなものは意識してやる必要はないと思っています。むしろ、それよりもいかに普段のウェブの仕事だけに埋もれることなく、ほかの領域に足を踏み入れ、そこから多くのものを得ることができるかということだと思います。そこは自分で努力しないかぎり、なかなか広がっていかないところですから。

とにかく大事なのは、自分を鍛えるためには、当たり前ですけど、やっぱり自分が最低限持っているリソースとしての自分自身の頭や身体に頼るしかないってことです。頭や身体を鍛えることにはいくら時間を割いてもいいと思うし、ゆっくり焦らず育てていくという姿勢が必要なのかな、と。
基本姿勢としては「前編」に書いたとおりですので、あわせて参照くださいませ。

   

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この記事へのコメント

  • ブランド太郎

    棚橋さん

    非常に丁寧な考え方のご提示ありがとうございます。
    じっくり読ませてください。

    広い視野と自分を磨き続けようとする持続力が重要ですね。

    幅と深みを身につけ、そこから生まれる直観力というのが納得感あります。

    「育ち方」から手本とすべきロールモデルも生まれるでしょうし、「育て方」の方法論つくりや洗練にもつながると思います。

    「ハードルが高い」というのも、優れたいい人材が育つためにはむしろいいことだと思います。
    2008年06月11日 13:36
  • tanahashi

    育つという個人の側の問題に加えて、やはり育つ場・育つためのサポートを提供する組織の側の問題もあるとおもったので、追加でエントリーを立てました。

    http://gitanez.seesaa.net/article/100224395.html

    その中では、あえて「ロールモデル」を疑問視してみました。
    2008年06月12日 00:43

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  • 「ブルーノ・ムナーリ展 あの手この手」に行った。
  • Excerpt: ブルーノ・ムナーリ展 あの手 この手 滋賀県立美術館で開催中。 ヴォーリズ展は逃したので、なんとしても行きたかった。 ウェブ人材として育つための3姿勢+5つの実践(後編):DESIGN IT! w/..
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  • Tracked: 2008-06-11 12:52