シェイクスピアの生ける芸術/ロザリー・L・コリー

人はどれだけ自分自身で考え、行動しているのか。 僕はそんなことを時折思い出したかのように、繰り返し考えている。 ある意味では、その問いを発し続けることが、僕の人生の1つの大きなテーマであるようにさえ思う。 でも、その問いはもうすこし正確にいうと、こうなる。 「人の考えや行動に影響を与えているものはどんなものなのか、それはいつから、そのように影響しはじめたのか?」と。 つまり、僕は人が自分で考え、自分で行動することなど端からないと思っているわけだ。僕の関心はむしろ、僕らは何によって考えさせられ、動かされているのか?ということになる。 だから、この『シェイクスピアの生ける芸術』という本の冒頭近くで、著者のロザリー・L・コリーがシェイクスピアのやったことについて、こう問いかけるのを読んだだけで、この本がすごく面白い本だと直観できた。 シェイクスピアにとって「アカデミック」とは、その濫用された語の二通りの意味において、何であったのだろう……すなわち、彼にとって、何が単純で、容易で、自然であり、何が研究や学識を要するものであると感じられたのだろう。諸事、アートのなかに封じられると、慣習のかたちをとって「静」と化し、我々が思いを巡らす相手とされる。だが、アートが静を破って、アートがなすはずの、そして現になすようなありとあらゆる仕方で、「生ける」かのように見え、我々を「ゆさぶる」ように見えるとき、もっとみのり豊かではあるが、もっと困難な道のりが始まる。 ロザリー・L・コリー『…

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