わかっていることから逃げろ

みんな気づいているだろうか。 わかってしまっていることほど、わかることを妨げるものはない、ということに。 カオスを前にして、ただただ混乱してパニックになるだけか、それともカオスをなんとか制御する手立てを発見しようとカオスのディテール、全体の動向を共にみて思考を巡らせるか。基本的には知的に考えるということは、後者のような態度をいうはずだ。 その後者の態度をむずかしくさせるものこそ、すでにわかりきって整理された状態である。 それはもはや制御されすぎていて、どう制御すればよいかを問う余地がないのだから。 その意味ではカオス(混沌)の逆はコスモス(秩序)ではない。真にカオスの反対に位置するのは、操作された状態だろう。 外にあるプログラムを疑うことなく、それに操られて日々スムーズに動き続ける状態。何にも悩まないし、何にも躓くことはない。すべては苦もなく手に入る。 もちろん、そこまで完璧に夢のような生活を送れている人はいないだろう。 現実はもうすこしだけカオスに近い。 けれど、その現実をカオスと見るか、夢のような世界と自らに暗示をかけて、すべてをわかっているものと信じこみたいのか。わからないものは自分に近づかないよう、既知のイメージや記号でできた夢のような世界に閉じこもるのか。 僕がカオスが好きなのは、そんな夢のような世界が退屈すぎると思うからだ。 わからないものがあるから、新しくおかしなことを考える自由な余地がある。わかりきったことばかりで答えも決まってたら…

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