既存の枠組みを冒涜して嗤え、危機感にあふれた時代に

どうやって本を選んでるですか?と聞かれることが、よくある。 その質問の意図は、ここでも紹介しているような、あまり人が読まないような本をどうやって見つけているか?ということだろう。 答えは単純。 ある本を読んでいると、その中にいろんな本が紹介、引用されているから、その中で興味をもったものを買っているだけ。僕自身からすれば、本同士が勝手につながっていく印象なので、選んでいるという感覚はあんまりない。 ただし、買ってもすぐに読むわけではなく、買って置いてある本の中から、次はこれを読もうと選んでいるのだから、やはり何かしらの基準で選んではいるのだろう。 ただ、そのときの基準は「なんとなく」でしかないので、これは答えようがない。 そんな本の連鎖がすごくうまくいく場合がある。最近もあった。 ここ数回続けて「理解する」ことに関する記事を書いた。この3つ。これが本との連鎖を生むきっかけとなった。 理解を妨げるもの発見、メタモルフォーゼ、そして、不一致の一致謎めいたものを理解しようと輪郭をつかもうとしても、不定形なそれはするりと逃げていく この3つの記事で書いてきたのは「理解する」ことと発見することの関係。そして、その発見という、未知のものが既知へと変化する際には、メタファ的な置き換え、あるいは変身ということが起こるといった話。 だいたいそのあたりが3つの記事を貫くテーマだったけど、今回運良く出会ったのもそのあたりに深く関連する本だ。それも2冊。ヤン・コット『シェイクスピア・カー…

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