2015年06月27日

ヴィクトリア朝の宝部屋/ピーター・コンラッド

技術とその応用が人間というものを大きく変えます。
マクルーハンが「すべてのメディアは身体の拡張である」と語ったのと同じ意味で、あらゆる技術は単に人間の生活スタイルを変えるだけでなく、人間の思考や物事の捉え方自体を革新してしまいます。

ようするに、常に僕らの思考や価値観はいま現在用いられている技術の影響なしにはありえない、そういうことになります。また、過去に同じように人々の思考を変えた技術の影響に僕らの思考は囚われたままということでもあると思います。



ほとほと困ってしまうのは、僕ら自身がそのことをすっかり忘れがちだというでしょう。

僕らは、あたかも自分たちが自由に考えているように信じているし、普遍的な仕方で考えていると勘違いしています。それゆえに思考や価値観に関してはきわめてイノベーションが起こしにくい。ほかの分野のイノベーションの結果として、思考や価値観の革新が起こることはあっても、直接的に思考や価値観に革新を起こそうとするプロジェクトはどれもアジリティを欠いた状態に陥りやすく、いっこうに成果を生み出せません。

技術が思考や価値観に与える影響に無頓着な僕らは、過去の時代を振り返る際に、ある技術の登場によって生じた人間の思考や価値観の変化そのものを無視して、いまの思考や価値観を過去にも投影してしまい、まったく素っ頓狂な理解を過去に対して当てはめてしまいがちです。
その愚かな過ちを正すためには、いついかなる時代にどんな技術のインストールによって、僕らの思考に変化が生じたのかというバージョン管理をしていく必要があるのだけれど、ありとあらゆる分野で人はバージョン管理に悪戦苦闘しているのと同じように、このテーマにおいても同様のバージョン管理の失敗によって、不要な議論が繰り返されることになり、結果、先に述べたとおりアジリティが犠牲になっているわけです。

そろそろ、マクルーハンのメディア論的思考が当たり前になっていいと思うわけですが、なかなかそうはならないのは、やっぱり、そもそものところ、多くの人が自分たちの「思考」というものについて深く考えないからなんでしょうね。自分たちにインストールされた「思考」というソフトウェアについて。


「ヴィクトリア朝の宝部屋/ピーター・コンラッド」の続き
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2015年06月26日

デザインの体幹 Vol1&2 のスライドをシェア

5月から「デザインの体幹」というトークセッションイベントをやってます。
前にこの記事で紹介した「デザインの深い森」というイベントの続編です。

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▲昨夜の「Vol2.物語編集力」のスライドの一部。物語編集力を実践で示すためにつくった15世紀東西の歴史年表

「デザインのための4つの領域を鍛える連続トーク講座」と銘打って、ファシリテーション/物語編集/リフレーミング/構想の4つのテーマを1回ずつ、僕と千葉工業大学の山崎先生にプラス、テーマに応じたゲストを迎えてトークを行うイベントです。

昨日は、Vol2.ということで「物語編集力」をテーマに話しましたが、結構、ディープでカオスで参加者の頭を悩ませるトークが繰り広げられました。
ゲストの方を含めて3人それぞれが三者三様の形でテーマを噛み砕いて話すので、これが「物語編集」だとか、物語編集とデザインの関係が決して一義的に語られることなどは一切なく、イベント設計者の企図どおり、とっても理解がむずかしく頭をひねられる会になってるのがよいなと思います。

今回は、その一部として僕のパートで話したスライドとVol1.の「ファシリテーション力」の際の資料もあわせてシェアします。

「デザインの体幹 Vol1&2 のスライドをシェア」の続き
posted by HIROKI tanahashi at 20:40| デザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする