2014年08月05日

読書の歴史―あるいは読者の歴史/アルベルト・マングェル

考えるためには「知識」というリソースが欠かせません。
考えるということは、さまざまな知識を組み合わせ、組み立て、その集合・レイアウトから、新たなストーリーや価値、企画や謀略などを生み出す活動に他ならないのだから。その活動の質を左右するものの1つが、知識というリソースをどれだけ有しているか、また、有したリソースにどれだけ可用性を担保できているかということでしょう。
思考のための訓練には、日々、そうした知識のアーカイブをどれだけ進めているかということも含まれるはずです。



そうした観点において、知識をアーカイブし、かつ、その可用性を高く維持するものとしての書籍の地位は、現在においてもさほど低くはなっていないと感じます。

インターネット時代となり、いつでも手元で容易に情報が引き出せるようになっても、はたまた、さまざまなコミュニティにおいて開かれた形での勉強会やセミナー、ワークショップなどで知を有するもの同士がその知をつなげて新たな価値をその場でつくりだせるような時代となっても、知識を思考につなげるという観点においては、いまなお書籍というメディアの果たす役割はほかの何かに劣るようにはなっていないと思っています。

特に個人の思考力を高めるという観点においては、これほど強力なメディアはいまだ他にはないでしょう。
最近、あらためて「独学力を鍛えることが大事!」と思っているのですが、この独学力があるかどうかって、読書をどれだけできるか、読書をどれだけ思考につなげられるかということのほかならないはずです。

学校で教えてもらうとか、複数人が集まる勉強会の場で学ぶとかいうのでは、独学力は身に付きません。
また、読書をするのでも欠いてあることをただ鵜呑みにしてるだけなら、同じく独学力は身に付かない。
では、どうすると読書を独学力につなげられるかというと、自身の現在につなげる方向で勝手な読み方をして、実際に読んで得た知識を自身の現在につなげる創造的な活動をしてみることです。

この勝手活動こそが独学です。
ほかの誰にも通じなくてもよい自分勝手な学びややり方を好き勝手に得たり、組立てたりすることが独学です。
この力を最近、なかなか、みんな持っていないんだよなーと感じます。勝手に自分流の方法を見つけ、磨いていく力が…。

「読書の歴史―あるいは読者の歴史/アルベルト・マングェル」の続き
タグ:読書 読者 知識
posted by HIROKI tanahashi at 23:57| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする